コピーライター&クリエイティブディレクターとして受賞歴多数の仁藤安久氏の初の著書『言葉でアイデアをつくる。 問題解決スキルがアップ思考と技術』は、個人とチームの両面からアイデア力を高める方法を解説するユニークな書として注目されている。仁藤氏と親交のあるクリエイターの方々に、同書の読みどころやアイデア発想術について語ってもらう本連載の特別編。第3回のゲストは、電通のプランナー奈雲政人氏だ。ファッションブランドの立ち上げや社内教育システムの構築、ベンチャー支援や戦略PR、さらに飲食店のプロデュースなど、幅広く活躍する奈雲氏のアイデアを生みだす方法とは?(取材:ダイヤモンド社書籍編集局、撮影:石郷友仁)
やさしく諭された一言
――仁藤さんとのご関係は、どういうものだったのですか?
学生のときにインターンで電通に入った際に、初めて出会いました。やさしく丁寧なしゃべり口で、先生みたいな人だなというのが第一印象です。
株式会社電通 プランナー
1989年生まれ。「人が関わりたくなる場をつくる」をテーマに、酒・食・都市・最新技術等々、分野を問わずプランニングを行う。個人的な取り組みとして、飲食店立ち上げや日本酒ブランドの運営なども経験。2024年発足の社内空間デザインチーム「場と編集」主宰。
――その後、お仕事ではご一緒されたのですか?
僕が建築学科出身だったことから、大手ディベロッパーさんとのあるプロジェクトへ、当時の上司から「奈雲くんも一緒に参加したら」と連絡をいただき、そこで仁藤さんと一緒に仕事をすることになりました。
その後は、サッカー関連のプロジェクトでご一緒することもありました。仁藤さんが企画書を作って、全体の打ち合せをとりまとめる役をやられていましたが、関係者が多く難しい進行の中でも物腰柔らかく、着実に物事を前に進めていく仕事ぶりが印象に残っています。
――仁藤さんから言われたことで、何か印象に残っていることはありますか?
大手ディベロッパーさんのプロジェクトにおいて、クライアントの現場サイドと打合せをしたうえでトップ層にお話をするという会がありました。チーム全体で取り組んだ仕事であるにもかかわらず、自分が一番長く時間をかけて作業をしていたこともあり、その会の中で「僕がやりました」みたいなことをつい言ってしまったんですね。その帰り道で仁藤さんから「僕が奈雲くんのことを褒めたりなかったのかな」ということを言われまして、なんのことですかと聞き返したら、「ああいうことを言っちゃうと、チームにならないよ」と。やさしく諭されたからこそ、余計に恥ずかしかったですね。若手社会人時代の、懐かしくもとても教訓のある体験でした。
今まで経験したことの
すべてを活かす
――奈雲さんがこれまでに手掛けた仕事について教えてください。
新卒でCDCという部署にプランナーとして入りました。最初はアパレルブランドの立ち上げや、デジタル寄りの施策に多く関わる年を経て、その後OOH(Out Of Home:家庭以外で展開するメディアの総称)という屋外広告系の仕事でロンドンの駅前にでかい立体の広告をつくったり、日本橋をメディアジャックする仕事等に関わりました。
次には、地域で活躍する中小企業の社内教育システムから広報までを、一気通貫でプランニングしたりしました。社員一人ひとりが興味のある一芸を身に着けて、それを接客でも活用していくという企画だったのですが、その取り組み自体を広告やリクルーティングでも展開していきました。
その後、プロデューサーとしてスタートアップのアクセラレータープログラムを運営。VC(ベンチャーキャピタル)や、投資家まわりの方々と接点を持ちながら仕事をしました。その際に、自分の書くコピーや企画というのは、こういうところでも使えるのだなということを実感しました。
PRをずっとやりたいという気持ちがあったことから、PR系の部署へ異動し、リリース作成や記者会見実施など基本的なPR業務から新商品の文脈設計まで、いろいろなことをやらせていただきました。その後組織編制が変わり、現在の第4マーケティング局へ。
正直、かなり紆余屈折なキャリアでしたが、今思えばそれが自分のユニークなところだと考えています。現在所属している部署は、企画から実施、広げ方までを全て担当することが多く、これまでの経験を活かせる立場だと思っています。
飲食店という場をプロデュースする
――ところで、個人的に飲食店立ち上げに関わられたそうですね?
副業申請を会社に提出した上で、社会人4年目くらいに飲食店の立ち上げを経験しました。当時、スタープレイヤーが多く所属するCDCという部署において、その中で自分に何ができるのだろうかと、悩んでいた時期でした。
デジタル系のプランナーかといえばそうではなく、CMを作る経験もこの時にはなかったので、当時の自分にはわかりやすい実力がありませんでした。「どうにかして自分で旗を立てないと」という思いがあり、無理やりに何か作り出してみようと思ったのがきっかけの一つです。
自分の持っているスキルとの相性や、お店を作ることのできる仲間との出会いなどの偶然が重なり、今思えば無謀なんですが、当時は「それをやるしかない」くらいの熱量でどんどん進んでいって、2019年に渋谷にお店を出せることになりました。
アイデアは、10のプロセスのうちの
5くらいでしかない
――ところで、本書を読まれての率直なご感想を聞かせて頂けますか?
アイデア本というのは世の中にたくさんあって、家にも沢山ありますが、その中で2回手にとる本はせいぜい1~2冊くらい。でも、この本に関しては、机の上に置いておいて、困ったら手に取り頼っています。その理由は、過去に仁藤さんから教えてもらったことが断片的にいろいろと出てくるので、記憶として繋がりやすいという個人的なこともありますが、一番の理由は著者の仁藤さん自身がアイデアに悩んでいた背景から、読者に寄り添う様に丁寧かつ具体的に書かれていることが大きいと思います。「まさにここを悩んでいた!」と思う箇所が多いんです。
――具体的に、ここが良かったなどの点はありますか?
第6章で出てくる「アイデアの実現を加速させるための仲間を増やす技術」ですね。ここがまさに今知りたい情報だったので、ドキッとしました。
アイデアというのは、実施する手前の話なので、実は10のプロセスのうちの5くらいでしかないと思っています。それを実施していく中で、当初のアイデアも変わったりしますし、実施して最後まで完走すること自体がすごく難しかったりもします。要するに、どうやったらそれが実行できるのかというところまで言及したアイデア本というのは、なかなかないのではないでしょうか。
仁藤さんは教え方がうまいというのもあるんですが、どうやってことを進めていくと全員が気持ちよく進められるのかということをすごく考えられている方だと思っています。「いいチームにはいいリターンが必要」なんていう視点は、他のアイデア本にはまずありませんよね。
あと、コラムの中で面白いなと思ったのは、企画を通すとか、社内で自分の立場をつくるときに、打ち合せとかオリエンテーションの段階からアイデアを持っていったりだとか、イニシアチブを取っていくみたいな、ああいう立場の作り方のところが、実はそのアイデアを実現していくとか、仲間をつくるだとか、コミュニケーションにおいては、いいアイデアを作ることと同レベルで大事なんじゃないかなと思います。過去に直接仁藤さんから聞いた話だったこともあり、改めて引き込まれながら読んでしまいました。
調べすぎないで、まず仮説を立てる
――奈雲式アイデア発想法があれば、教えてください。
クライアントからのオリエンテーションを読み込みすぎず、まず概要だけを把握し、リサーチも簡易的なものに留めて、まずは企画のタイトルとなるようなものを書きまくるところからスタートします。調べすぎないで、まず仮説を立てるということです。
結局、僕たちに求められることというのは、クライアントにはない目線をどう提供できるかです。僕たちは「人のプロでありたい」と思ってやっているので、人がどうしたら楽しいか、振り向くか、興味を持ってもらえるか、というところはベースの知識としてあります。そこでオリエンテーションの概要を聞いて、打ち返すことができると、また違う視点を提供できるのではないかという考えでやっています。
いろいろな視点で書く
――具体的には、どういうふうにしているのですか?
どのアイデア本にも似ていることは書いてあると思いますが、経営者視点なのか、社会視点なのか、ユーザ―視点なのか、従業員視点なのか、この本の中では偉人視点というのも書いてありましたが、他にも実現できるのかという視点や、メディア視点など、いろいろな視点と手法で書いていくということをやります。
最近は、ブランドをつくる仕事が多かったりするのですが、そうすると数年続くような仕事になります。全員が得する関係を続けていく必要があるので、その関係づくりみたいなところも含めて座組みやアイデアを考えたり、維持するためのレピュテーション(評判)づくりみたいな視点が重要になります。
そのためには、足を使うということを僕の中では大事にしています。クライアントと飲みにいくし、日本酒の仕事をするなら酒蔵という現場にはすべて行きます。関係者のイベントにはなるべく顔を出しますし、そうやって少しずつ関係値を作っていくのです。
自分が唯一がんばってきたことがあるとすると、それは、足を使うことかなと思っているので、そこを今でも大事にしています。ビックアイデアはなかなか出せなくても、最終的に実現力で輝くものにしたい、という思いもあります。
酒場はアイデアに向けたフィールドワーク
――その他に、何かアイデアのヒントとかコツはありますか?
僕がアイデアを考えたり、ヒントを考える時って、一人で飲みに行くことが多いのですが、それは、基本フィールドワークだと思ってやっています。行ったときは、必ずはしご酒をするようにしています。行く場所も、今日は新宿、明日は浅草、明後日は神楽坂というように決めて行きます。
それから、行く先々で自分に課しているミッションは、行った先々の店で出会う人(従業員、オーナーさん、店主、お客さんたち)たちから好かれる良い客になる、ということを必ずやります。だから、2回目に行くと必ず覚えてもらえていますね。
自分と共通言語を持っていない人たちと話し、その人たちを気持ちよくさせるためにはかなり頭を使いますし、それをやっていくと、「この人にはこの言葉は伝わらないのだな」とか、「この人はこの辺を面白いと思っているんだな」とかというのがわかる。自分の感覚と世の中は、結構ずれているものです。SNSを見てるだけではそれは分かりません。世の中に対して企画が炎上しないかどうかの感覚や、関係値を作るうえでのヒントがそこにあります。
「一人飲みを本気でやる」というのが、僕の中では企画づくりの最初のファーストステップです。日々、知らない人と淡々と関係値を作り続けていくというのが、僕にとっての筋トレです。そういうのがたまに企画に活きてきたりします。もちろん、活かせないことも多々ありますが、そういう泥臭いことをするのが今では好きで、また相性が良いのだと思います。
ちなみに元々は、いわゆる飲み会は苦手でした。この「一人飲み会」も最初は必要に迫られて、社交性の筋トレ的に無理やりに始めたところがあります。
言葉にして、
形にして伝える
――最後に、アイデアに悩んでいる人に向けて、何かアドバイスがあればお願いします。
僕も日々、アイデアに悩んでいます。仁藤さんもこの本で書かれていますが、言葉にすることと、それをしかるべき形で見せることが大事です。それはプレゼンするまでに至らなくても、この2つをシンプルに手を止めずにやり続けることでしか、前には進めないと思います。
中途半端に書いてあることを、中途半端に伝えても、人は誰も聞いてはくれません。
まず、これはどういう企画名なのかを固めること、そのアイデアを端的な言葉にすること。目的を明確にして、意図を伝わる形でまとめて、さらに説明の時間を設けてもらい、きちんと相手に伝えるようにする。当たり前すぎますが、これらが成立する体験を少しでも多く積むことで、体感的に見えてくるものがあります。
アイデアはスポーツの様だと、最近よく思います。バスケットのシュートの本を読んだだけでは、シュートがうまくならないように、読んで学んだうえで日々実践を繰り返すしかない。でも、やればやるほど少しずつできることが増えていくのが面白いところです。
――その通りですね。本日は、どうもありがとうございました。
ありがとうございました。