生き物たちは、驚くほど人間に似ている。ネズミは水に濡れた仲間を助けるために出かけるし、アリは女王のためには自爆をいとわないし、ゾウは亡くなった家族の死を悼む。あまりよくない面でいえば、バッタは危機的な飢餓状況になると仲間に襲いかかる…といったように、どこか私たちの姿をみているようだ。
ウォール・ストリート・ジャーナル、ガーディアン、サンデータイムズ、各紙で絶賛されているのが『動物のひみつ』(アシュリー・ウォード著、夏目大訳)だ。シドニー大学の「動物行動学」の教授でアフリカから南極まで世界中を旅する著者が、動物たちのさまざまな生態とその背景にある「社会性」に迫りながら、彼らの知られざる行動、自然の偉大な驚異の数々を紹介する。本稿では、書評家の東えりかさんに本書の魅力を寄稿いただいた(ダイヤモンド社書籍編集局)。

種を残すための渡り鳥の叡智、ライオン、オオカミ、ハイエナのリーダー争い、クジラやイルカとシャチの闘いは実況中継のようで手に汗握る…生物好きの小学校高学年から読める730ページ超の「レンガ本」とはPhoto: Adobe Stock

郊外で出会う動物たち

 私の住まいは都心から電車で30分ほどの郊外にある。近くには鬱蒼と木が茂った公園があり、玄関前にはときどきカブトムシやクワガタが飛んでくるような自然が豊かな場所だ。

 数年前、近所でミツバチの分蜂が見つかった。10年前なら殺虫剤で駆除されていただろうが、最近ではそっとしておけばよいという知識が広まり、翌日には見事に消えていた。

 春になると毎年ウグイスがケキョケキョと覚束ない囀りが聞こえるし、夕方になると頭上を数限りないムクドリが群舞する。

 そんな場所だから、家の中でお菓子をこぼそうものなら、どこから侵入したのかアリが数珠つなぎになり、庇の下にスズメバチが巨大な巣を作っていたりもする。

 困ったものだと思いながら、実はなんとなく嬉しいと感じている。それくらい私は昆虫から大動物までの生き物好きである。

大好物の1冊

 そういう少年少女が必ず通る『ファーブル昆虫記』や『シートン動物記』、「ドリトル先生シリーズ」を読みあさり、ムツゴロウ王国に憧れた。理系の大学に進学してからはダーウィンの『ビーグル号の冒険』や『種の起源』に親しみ、リチャード・ドーキンス『利己的な遺伝子』を読んで、種を残すことはどういうことか、真剣に考えたりした。

 だから『ウォード博士の驚異の「動物行動学入門」動物のひみつ』は大好物の1冊だ。鈍器本とかレンガ本と呼ばれそうな厚さを誇る730ページの内容は、同じ地球に住む生き物たちが「いま生きて、あとに残る」ために何をしているのかが語られていく。

 著者のアシュリー・ウォードは英国生まれの動物行動学者で、現在はシドニー大学の教授である。「はじめに」では子どものころから生物の観察好きだったが、会社員を経て科学者になった経緯が語られる。彼が学者になるのを決めたのは、他人との関わりや協力があったからだという。それは先史時代から延々と続く人間に備わった独特の社会性のおかげかもしれない。

「レミングの集団自殺」の嘘

 だが社会性をもつ生物は人間だけはない。本書では1章から9章まで、人類から遠い種類の生物から説明が始まり、徐々に我々の種に近づいてくる。

 南極に棲息するオキアミやアフリカの草原を丸はだかにするサバクトビバッタの集団行動の理由や女王が君臨するコロニーをつくる社会性昆虫のハチやシロアリの仕組みを説明し、水中や空を群れで動く魚や鳥の目的を論じる。

 ネズミの一種であるレミングが集団自殺する話は有名だが、これが真っ赤な嘘であると断じるのと同時に、もしかしたらこういうことかも、と科学者らしく推論もする。都市に住むネズミに生き方を教えられ、ゾウの家族愛に涙ぐむ。

手に汗握る研究記

 種を残すための渡り鳥の叡智やサバンナや森林に暮らすライオン、オオカミ、ハイエナの集団におけるそれぞれの地位の意味を説き、クジラやイルカなどの海生哺乳類とシャチとの闘いの様子は、まるで実況中継のようで手に汗握る。9章の類人猿の詳細な生態は、まるで隣人をみているようだ。

 驚かされるのは、ウォード博士が出身の英国や現在住んでいるオーストラリアだけでなく、南極やらアフリカやら足取り軽く出かけ、様々な研究に関わっていることだ。登場する友人の研究者たちも多彩で、実に楽しそう。

 いまベストセラーになっている前野ウルド浩太郎『バッタを倒すぜアフリカへ』(光文社新書)を読んで前野博士がバッタを追いかける時の熱すぎる情熱に当てられていたが、ウォード博士の同僚で同じサバクトビバッタの研究者のシンプソン博士はある実験のため、画家の使う絵筆でバッタの特定の部位を1分間に5秒間なでる、という動作を繰り返したという。いずれ劣らぬ強者(つわもの)たちである。

 一般向けのポピュラー・サイエンス本としては、紹介している生物の歴史から最新の知識まで満載されているにもかかわらず、生物好きの小学校高学年なら読めるくらい文章が読みやすい。とはいえ、夏休みの読書感想文にいかが、と言うにはちょっと厚すぎるかな。

東えりか(書評家・HONZ副代表)
千葉県生まれ。書評家
「週刊新潮」「ミステリマガジン」「日本経済新聞」「読売新聞」ほか各メディアで書評を担当。また、小説以外の優れた書籍を紹介するウェブサイト「HONZ」の副代表を務めている。

(本原稿は、アシュリー・ウォード著『動物のひみつ』〈夏目大訳〉に関連した書き下ろしです。)