小よく大を制する「マスターブランド戦略」
森岡CEOが競合との違いを活かす戦略として考えたのが「マスターブランド戦略」である。大企業では、ジャンルごとに新製品が開発され、それぞれ別のブランドで発売されるケースが多い。
特に競合である日清ウェルナは、冷凍パスタカテゴリーでは「青の洞窟」などを、乾燥パスタカテゴリーでは「マ・マー」など、個別に強力なブランドを持っている。ニップンのチャレンジは、経営資源において圧倒的な強者である日清ウェルナに対して、どのように戦うのかということに他ならない。
そこで森岡が提案したニップンのマスターブランド戦略は、「実感できるおいしさ」を訴求し、カテゴリーを横断したメガブランド「オーマイプレミアム」1つにリソースを集中することだ。
刀の戦略をまとめると、以下のようになる。
1 冷凍パスタ市場で「オーマイプレミアム」を確固たるNo.1ブランドにする
2 乾燥パスタカテゴリで本当においしさが実感できる商品を開発する
3 冷凍・乾燥ともに「オーマイプレミアム」ブランドでおいしさを訴求する
ゲームプランはこうだ。もともとニップンには冷凍パスタの「オーマイプレミアム」という強いブランドがあった。まず、このブランドにリソースを集中して冷凍パスタ市場で確固としたトップブランドにする。
次に、その冷凍パスタNo.1のオーマイプレミアムから乾燥パスタに攻め込むのだ。乾燥パスタの新製品「もちっとおいしいスパゲティ」も「オーマイプレミアム」ブランドで売り出すことにした。これを実現するには、商品開発力が不可欠だが、ニップンはここに強みがある。
オーマイプレミアムが「実感できる美味しさのブランド」として認知され、さらにカテゴリーを横断する大きなメガブランドとして認知されれば、それにぶら下がるサブカテゴリでも優位に展開できる。
ニップンが1つのブランドにリソースを集中できるのに対して、競合は新製品の開発も広告宣伝も、複数のブランドに対して別々にリソースを割かねばならない。
「もともと強い相手と競合するならば、よりよく消費者の本能の一点を衝くことで、こちらのリソースを分散させず集中して戦える構造をつくるべき」と森岡氏は言う。まさに「小よく大を制する」作戦である。
刀が行ったのはそれだけではない。会社の最前線で商品を売ってくれる営業組織にも、小売店に商品の価値を伝えるためのノウハウを注入していった。
ゲームプラン通りに「実感できるおいしさ」を訴求すると、2023年10月の施策開始以降、前年同期比で「オーマイプレミアム」の冷凍パスタは120%伸長。計画通り冷凍パスタの確固たるNo.ブランドになった。さらにその「オーマイプレミアム」から満を持して発売された乾燥パスタ「もちっとおいしいスパゲッティ」は発売からたった2ヵ月で1000万食を突破。ニップンの乾燥パスタ全体の売り上げは同様に116%に上昇した。「オーマイプレミアム」ブランドの年間総売り上げは120億円を狙えるところまで来ている。
マーケティングの内部継承システムを構築する
ニップンと刀の協業はあと数年間という期限付きである。刀が去った後もマーケティングノウハウを継承していくために、マーケティングの真髄を叩き込まれたトレーナーをニップン社内に数十人誕生させた。マーケティングの内部継承システムを構築するためだ。
マーケティングを指南してくれる会社は他にもあるだろう。しかし刀が行っているのは単なる座学ではない。積み重なる実績に裏打ちされたノウハウの内容自体が他と一線を画する。社内に刀のメンバーが入り込んで、一緒に伴走することでマーケティングが身に着く。魚を与えるのではなく、魚の釣り方を教えなければならないと考えるからだ。
魚の釣り方を覚えれば、USJや丸亀製麺などがそうであるように、刀が離れても成長を続けることができる。
ニップンの前鶴社長はこれを「人的投資」と位置づけた。ニップンは”本気“でマーケティング組織改革に取り組み、消費者起点の組織をもつ企業に生まれ変わったのである。
「素晴らしい価値を創造している企業が日本にはたくさんあります。しかし必ずしも消費者にはそれが届いていないことがある。マーケティングという技術を使うことでその価値を消費者に伝え、市場を活性化させていく。そんな企業を日本中に増やしていく。それが『マーケティングで日本を元気に』という我々の社是です」(森岡CEO)
日本全国に刀の協力を待つ企業が列をなしている。日本を元気にする刀の進撃は終わらない。