居眠り議員が目を覚まし、自民党に火をつける…「派閥なき総裁選」控える自民党で反乱は起こるか?Photo by Wataru Mukai

裏金問題に派閥解散、そして9月には総裁選を控える自民党の内部ではどんな動きがあるのか。揺れに揺れる政党の中で、現状をチャンスと捉える自民党議員の存在を指摘するのは政治学者・御厨貴氏だ。“悪賢い自民党議員”がこれからどんな動きを見せるのか予測してもらった。(取材・文/ライター 田之上 信)

この連載は、派閥論の名著と名高い渡辺恒雄氏の『派閥と多党化時代』(雪華社)を復刊した『自民党と派閥』(実業之日本社)を事前にお読みいただいたうえで取材をしています(一部を除く)。連載の新着記事を読み逃したくない方は、連載のフォローがおすすめです。メールで記事を受け取ることができます。

派閥解散はむしろチャンス?
狡猾な「自民党議員の本音」

――自民党の派閥の裏金事件が大きな問題となる中、渡辺恒雄氏の『派閥と多党化時代』が『自民党と派閥』として復刻されました。御厨さんはこの本をどのように評価されていますか。

 自民党の派閥全盛時代の派閥と権力の関係を徹底的に分析、研究した書籍としては唯一無二だと思います。これ以前にも、これ以降にも同様の本は出ていません。日本の政治学研究者や政治ジャーナリストらも書いていない。この本はいわば自民党研究の教科書のようなものと言ってもいいでしょう。

 これは自省を含めてですが、日本の政治学者にほぼ共通しているのが、学者は基本的に「左」なので、「右」の渡辺さんを嫌う傾向があります。最近は変わってきていますが、だから自民党を論ずるときに、実は同書を含め、渡辺さんのいろいろな本を読んだり、渡辺さん独自の分析を援用したりしているにもかかわらず、そのことを言わない。

 たいていの政治学者は、渡辺さんの本を読まない限り、当時の自民党の状況はわからないにもかかわらず、自分で書いた研究書にほとんど参考文献として明記していません。

――日本の政治学に与えた影響は大きいということですね。

 大きいと思います。結局、自民党の裏金問題をはじめいろいろな問題は派閥にたどり着くわけです。自民党の組織というのは派閥によって成り立っている。いい悪いは別として、カネも人事もすべて派閥を通してやっているわけです。

 派閥が硬直化しているのは確かです。しかし、これまでは何か問題が起きても、のど元過ぎれば、という感じで元に戻って、やっぱり派閥はなければいけないということでやってきました。しかし、どうも今回は様子が違う。また元に戻るのか、それとも変身していくのかという点は興味深く見守っています。

 そのタイミングで本書が復刻されたのは、自民党の派閥とはどういうものなのかを理解するうえで有意義だと思います。

――本書で描かれる派閥全盛時代の派閥と、いまの派閥はどう違うのでしょうか。

 派閥というのは、基本的にうちのオヤジをとにかく総理総裁にしたいとみんなが思って活動するから元気が出た。本書に描かれているとおり、権力闘争で派閥は分裂したり、またくっついたりしながら、それが党の活力になっていたのです。

 派閥が必要なのはなぜかというと、一つは人事。人事のときに自分を優先してほしいと、それから資金。資金は自分でも集めるけど、よりたくさん欲しい。

居眠り議員が目を覚まし、自民党に火をつける…「派閥なき総裁選」控える自民党で反乱は起こるか?Photo by Wataru Mukai

 さらに選挙のときにいろいろな応援が欲しい。それと総裁選ですね。渡辺さんはこの4つが派閥の存在理由だと書いていますよね。

 この派閥の存在理由は基本的にいまも同じですが、派閥の姿が変質してきました。たとえば、当時は派閥の長が総理総裁になりそれをやめると、その派閥はなくなり、また新しい派閥に生まれ変わっていた。それが次の活力につながっていたわけです。
 
 ところが、特に田中角栄以降に顕著なのですが、田中はロッキード事件で自民党を離党したにもかかわらず、田中派は続きました。

 いまの麻生派も麻生(太郎)さんが会長を務めているし、森(喜朗)さんなんて議員を辞めてからも力を持っています。要するにいつまでも上で威張っている政治家が出てきたのです。

 そうすると派閥内に閉塞感が生まれる。若い連中ががんばるとか、反乱を起こそうなんてことは起きない。みんなおとなしいでしょ。だから派閥全盛時代のような活気がない。大きな会社組織みたいにお行儀よくなってしまっています。

 昔は同じ派閥内でも人間の好き嫌いがあるから、好きな議員にはおカネをたくさん与え、嫌いなヤツは干してやろうとか、そういうことが普通にあったわけです。

――いまもそういうことはないんですか。

 裏で何をしてるかはわかりませんが、表向きにそういうことはしないですね。昔は露骨にえこひいきしていた。

 たとえば、後藤田(正晴)さんは、中曽根内閣(第1次~第3次)の5年間における最初と最後は内閣官房長官、その間に総務庁長官を務めるなど、ずっと出ずっぱりだった。そのときのことを僕が後藤田さんに聞いたら「もう大変だった」と。何が大変かというと、内閣改造が近づくと必ず、要するに田中派の連中から電話かかってきて「お前いつまでやってるんだ」と。「お前がやってる限り、ポストが空かないんだから、中曽根に何を言われようと今度はやめろ」と言うわけです。

 それがしつこいんだって、いろんな脅迫めいた電話もかかってきて、非常に不愉快なことがいっぱいあったと話していました。ただ、そういうものも含めて派閥なんです。なんか昔の派閥のほうが、それでも全体として何となく陽気な感じがしたんですが、だんだん陰陰滅滅になってきてますね。

 それで面白いのは、今回、岸田さんがどういう意図でやったかわからないけれど、派閥を解散すると宣言した途端に、みんな「困る」と言いだしました。

 実際、困ると思いますよ。だけども、これが今までの派閥のいろんなしがらみから、もしかすると抜け出せるチャンスかもしれないと、ひそかに思ってる議員もいますよ。だからおそらく、小さなグループがこれからたくさんできてくると、その中でこれまで会えなかった連中と会ったりして、そこで違う形のグループが形成される可能性が非常に強いと思います。

 そういう意味で言うと、代議士たちは口では「困った」とか言いながら、もっと狡猾で、利口で、実はそういう自由を求めて、何となく自分で動けるっていう範囲を探してるんじゃないかと思いますね。