企業の「不意打ち買収」に大打撃?証取委が「狼の群れ」に厳しい対応をし始めたワケ写真はイメージです Photo:PIXTA

証券取引等監視委員会は6月28日、東証スタンダード上場の老舗電線メーカー「三ッ星」(大阪市中央区)の株式の取得を巡り、「大量保有報告書」を提出しなかったなどとして、(株)シンシア工務店(東京都新宿区、6月千葉市若葉区より移転)、(株)和円商事(東京都中央区)および同社代表A氏の3者に、金融商品取引法違反で合計98万円の課徴金納付命令を出すよう金融庁に勧告した。内訳はシンシア工務店32万円、和円商事26万円、A氏が40万円。決して大きな額ではないが、企業買収の関係者には大ニュースだ。なぜか。(東京経済東京本部長 井出豪彦)

時価総額によって
異なる課徴金の額

 まず、金融商品取引法(金商法)は株式の保有比率が5%を超えた場合、取得者に対し、大量保有報告書を提出するよう義務付けている。また、その割合が1%以上増減した場合には「変更報告書」を提出する義務がある。これらの提出期限は該当した日から5営業日以内と定められている。

 だが、3者は2021年8月~翌年11月にかけて三ッ星の発行済み株式の5%超を取得するなどしたにもかかわらず、報告書を期限までに提出しなかったり、虚偽の内容を記載したりした。

 大量保有報告書などを提出しなかった場合の課徴金の額は、本来提出すべき期限の翌営業日における対象銘柄の時価総額の「10万分の1」(1万円未満切り捨て)と定められている。虚偽記載の課徴金についても同様に、翌営業日の時価総額の「10万分の1」(同)だ。時価総額50兆円のトヨタであれば10万分の1は5億円だが、三ッ星クラスでは1度の不提出や虚偽記載につきほんの数万円となる。

「ウルフパック戦術」に
大きな影響を与えるのは確実

 今回の勧告でとくに目を引くのは、2022年3月18日付でA氏の「共同保有者」として和円商事が加わり1%以上の変動が生じたにもかかわらず、変更報告書を提出しなかったことが勧告対象となった件だ。

 企業買収に詳しい弁護士によれば、そもそも2011年の機関投資家による大量の提出遅延の事案を除き、大量保有報告規制違反が単独で(風説の流布などの余罪ではなく)摘発されたのは史上初だが、さらに別々の株主とされていた法人と個人が共同保有者とみなされた不提出が単独で摘発されたのは過去に例がないという。

 これは企業買収における、いわゆる「ウルフパック(オオカミの群れ)戦術」に大きな影響を与えるのが確実だ。ウルフパック戦術とは、オオカミが集団で襲い掛かるように複数の投資家が水面下で協調して市場内で買い上がり、TOB(株式公開買い付け)のルールを免れつつ経営権の奪取を図るもの。

 大量保有報告書を提出すると思惑から株価が高騰するため、提出を遅らせて安値で株式を買い進めたり、共同保有者の存在を明かさなかったりすることで対象会社に警戒心を抱かせないことが、戦術のキモになる。これまで大量保有報告規制違反単独での摘発事例が少なく、万が一摘発されても課徴金が少額にとどまることが、ウルフパック勢を勢いづかせてきた。