長きにわたる我が国の停滞は、不確実性を過度に恐れ、リスク回避を優先し、イノベーションと価値創造の活力を失ったことが要因といえる。ダウンサイドリスクを適切に管理しながらも、あるべき未来を創造するための挑戦や投資のモメンタムをいかに高めるか。過去8年で時価総額を10倍以上に伸ばした東京エレクトロン。今回は、コーポレートオフィサーの一人、長久保達也氏に同社が標榜する「攻めと攻めの経営」の神髄を聞く。
守りの経営は
社員を指示待ちにする
編集部(以下青文字):御社は「守りを強みとする『攻めと攻めの経営』」を表明しています。日本取締役協会が選考する「コーポレートガバナンス・オブ・ザ・イヤー2021」で攻めのガバナンスが高く評価され、大賞に当たる「グランドプライズカンパニー」を受賞しました。御社の攻めと攻めの経営とは、どのようなものですか。
コーポレートオフィサー 専務執行役員 Global Business Platform本部担当 ファイナンス本部担当
長久保達也
TATSUYA NAGAKUBO1986年東京エレクトロン入社。主に管理部門での業務に携わり、海外駐在などを通じて会社のグローバル展開を推進。2011年執行役員、2015年取締役、2017年に常務執行役員に就任。2022年より、コーポレートオフィサー 専務執行役員。2024年7月より、Global Business Platform本部担当、ファイナンス本部担当。
長久保(以下略):コーポレートガバナンス・コード(CGコード)が東京証券取引所上場企業に適用されたのは2015年ですが、当社としては暗黙知として育まれてきたものを形式知化するいい機会でした。
CGコードの原則はグッドクエスチョンの連続で、それをどう言い表すかを議論することは、貴重なエクササイズになりました。ご存じのようにCGコードは、細部に関してはそれぞれの企業で考えるプリンシプル・ベース(原則主義)であり、原則を遵守しない場合は理由を説明するコンプライ・オア・エクスプレインの手法を採用しています。それに則りながら、当社が創業以来持っている理念やエートス(集団としての特質)に照らし合わせて議論し、言語化することで、自分たちの意識や行動を明確にするとともに、それらを共通認識とすることができました。
CGコードが適用された当初は、それをいかに守るかに汲々としている企業が多かった印象があります。
当社は、企業理念に照らし、よいと思ったことは他社がやっていなくてもどんどんやろうという風土があります。我々の企業理念に基づき、取り組むべきことをガバナンスにどう反映させるか、それをステークホルダーにどう説明するかに議論の重点がありました。
ガバナンスを守りととらえると、サッカーで言えば選手が自陣ゴール前に固まってとにかく相手に点を取らせないゲーム運びになってしまいます。それでは勝つことはできないし、選手もサポーターも楽しくありません。強いチームは攻守一体で、守る時も常に攻めの姿勢を持っていて、チーム内の攻撃陣と守備陣のベクトルが完全に一致しています。だから、「うちのチームは守りが強みだ」と言えるのだと思います。
企業でいうと、安全や法令遵守、情報セキュリティなどに関わる部門が守備陣に当たりますが、こうした部門が守りに徹しようとすると受け身の姿勢、指示待ちの姿勢になりがちです。ですから、東京エレクトロン(TEL)においては、一般的には守備陣と見られる部門であっても攻めの姿勢、つまり事業の成長や利益の拡大に向かって常に先を読み、自律的に動くマインドセットを大切にしています。
先読みして先手を打つことでリスクを回避できたり、ダメージを最小化できたりしますし、競争相手の先を行くことが差別化につながります。それが、当社の言う「守りを強みとする『攻めと攻めの経営』」です。
CGコードの原則では、社会・環境問題をはじめとするサステナビリティ課題への対応など、株主以外のステークホルダーとの協働のあり方も問われますが、それを議論する中でCSV(共通価値の創造)の考え方が当社と親和性が高いことを再認識しました。当社独自の資源と専門性を活かして社会課題を解決することで、社会的価値と経済的価値の両方を創出し、持続的な成長を実現していくことをTSV(TEL's Shared Value)と定義し、これを事業活動の基軸としています。
社会・環境問題への対応は守りと見られがちですが、当社はこれも攻めだととらえています。ですから、コストではなく将来に向けた投資と見て、いかに先手を打つかを考えます。たとえば、製品の環境性能が上がれば社会的価値が高まり、顧客における製品の選定時にも有利に働きます。そして、当社の社会的評価が高まれば、人材獲得などにおいても優位性を発揮できます。