おすすめポイント
「この馬鹿野郎!」。このセリフは悪口だろうか。これだけ聞くと、大半の人は悪口だと認識するはずだ。しかし、雨の降りしきるなか、自分をかばって殉職した部下を思って、ベテラン刑事が泣きながら同じセリフを口にしていたら、どんな印象を受けるだろうか。今度は、悪口だと感じる人はほとんどいないだろう。同じことばでも、なぜ悪口に聞こえるときとそうでないときがあるのだろうか。
悪口は身近なものでありながら、とらえどころのないものでもある。悪口はいけないことだと誰もが知っているが、なぜいけないのかは説明しづらい。誰かが不快になるから、誰かが傷つくから、悪意があるから……といった常識的な答えは、本書によれば正しくないし、有害ですらある。相手が気分を害すかどうかでそのことばが悪口であるか否かが決まるわけではないし、悪意がなければ悪口ではないというわけでもない。だったら、悪口とはいったい何なのだろうか。
本書は、悪口の歴史的文脈を明らかにし、哲学的な考察を試みている。悪口の定義から始まり、何が悪口なのか、なぜ人は悪口を言うのかに迫っていく。常識的な言説で悪口をとらえていたのでは到達できない、悪口の本質に手を伸ばそうとする。知っているつもりでいて実は深く考えたことがなかったであろう悪口について、再考することには大きな意義があるはずだ。悪口に対する考えをアップデートするとともに、物事を深く考え抜く哲学的な思考にも触れてみてはいかがだろうか。(流 隼人)