唾液はどこから出ているのか?、目の動きをコントロールする不思議な力、人が死ぬ最大の要因、おならはなにでできているか?、「深部感覚」はすごい…。人体の構造は、美しくてよくできている――。外科医けいゆうとして、ブログ累計1300万PV超、X(旧Twitter)の外科医けいゆうアカウント10万人超のフォロワーを持つ著者が、人体の知識、医学の偉人の物語、ウイルスや細菌の発見やワクチン開発のエピソード、現代医療にまつわる意外な常識などを紹介し、人体の面白さ、医学の奥深さを伝える『すばらしい人体』。坂井建雄氏(解剖学者、順天堂大学教授)から「まだまだ人体は謎だらけである。本書は、人体と医学についてのさまざまな知見について、魅力的な話題を提供しながら読者を奥深い世界へと導く」と絶賛されている。今回は著者がダイヤモンド・オンラインに書き下ろした原稿をお届けする。

【湧き水に野生動物や鳥類の糞便が混入する場合も】「美しい自然」に潜む目に見えない“病原体”の恐ろしさPhoto: Adobe Stock

湧き水と食中毒

 2024年8月16日、大分県で観光客ら458人が食中毒になったとの発表があった。19日には患者数がさらに増加し、537人に上っていることが分かったという。

 観光客らは8月3日~12日に湧き水を飲むなどし、下痢や発熱、嘔吐などの症状を訴えていた。患者からはノロウイルスが検出されたという。

 料理などに使われた湧き水が、ウイルスに汚染した可能性が疑われている。

 2023年8月にも、石川県の流しそうめん店で湧き水が原因と思われる集団食中毒が発生している。

 この事例では、流しそうめんに使っていた湧き水から細菌のカンピロバクターが検出され、食中毒の原因になった可能性が疑われた。

自然界の水は汚染される可能性も

 湧き水や沢水、井戸水は、定期的な水質検査や塩素処理などの厳重な管理がなされない限り、有害な病原体に汚染されている恐れがある。

 当然ながら、野山に湧き出る水には野生動物や鳥類の糞便が容易に混入しうるからだ。手付かずの自然とは本来、そういうものである。

 一方、(医学的に)清潔な水は、蛇口をひねれば簡単に手に入る。

 幸いなことに、日本の水道水の水質基準は諸外国と比べて特に厳しく、安全性が保証されている。

 水道水をそのまま安全に飲める国は、世界全196カ国のうち日本を含む9カ国しかない(1)。湧き水より綺麗な水が、湧き水より簡単に手に入る恵まれた環境で私たちは普段生活しているのである。

 すり傷や切り傷で病院を受診した患者は、まず水道水で傷を洗うよう指示を受けるのが一般的だ。

 傷の洗浄に、生理食塩水などの医療資源は必要ない。水道水は清潔だからである。何より、傷を水道水で洗って砂や土などの異物を除去することが、傷の治療では大切だ。

不思議な天然志向

 だが不思議なことに、「自然」「天然」と聞くと、「クリーン」「清潔」といったポジティブな印象を抱く人が多い。

 自然に湧き出る透明な水に対して、簡単に手に入る水道水より魅力を感じてしまうのだ。

 私たちは本来、無数の細菌やウイルスに囲まれて生きている。

 その一部は人体に有害で、感染症を引き起こして時に人命を奪ったり、重い後遺症を引き起こしたりする。

 さらに恐ろしいのは、これほど有害な細菌やウイルスを、私たちは肉眼で視認できない。私たちの視覚が「透き通って綺麗だ」と教えてくれても、それは「感度の鈍いセンサーが“不潔さ”を感知できないだけ」かもしれないのだ。

 高い技術で上水道を構築し、厳重なモニタリングを継続して初めて手に入る貴重な資源が水道水なのである。

【参考】
(1)国土交通省「水質源に関する国際的な取組み」
https://www.mlit.go.jp/common/001257609.pdf

(※本原稿は『すばらしい人体』の著者山本健人氏による書き下ろしです)