すると、自分が本当に日活の看板スターになった気になり、どんどん振る舞いが裕次郎さん的になっていき……。

 たとえば、裕次郎さんは、若い頃スキーで足を骨折した影響で、片足を少し引きずる感じで歩く癖があったのですが、僕も徐々にその歩き方になっていきました。

 静也の白いスーツも、裕次郎さんが、映画『赤い波止場』で着ていた白いスーツのように思えてきて……。2階の窓から日活のプロデューサー水の江瀧子さんがみているかのように。

 自分の中では、石原裕次郎主演の『静かなるドン』に出ている感覚で、自分は「近藤静也役を演じる裕次郎」を演じている。そんな、経験したことのない感覚が、半年の撮影の間、ずっと続きました。

 なので、どれだけハードスケジュールでも「俺は、裕次郎なんだから、このくらい平気平気」と。

あのときの日活撮影所には
石原裕次郎がたしかにいた

「タレントの中山が主役?」と、心配の声もありながら船出した『静かなるドン』でしたが、スタッフの皆さんと共演者の皆さんの素晴らしい一体感のおかげで、結果は、2クール19話の平均視聴率が13%。当時苦戦が続いていた金曜8時枠で期待を上回る成績を残し、日本テレビからは、お礼のタテを頂きました。

 僕は、皆さんへの感謝の気持ちを少しでも形に残せたらと、地元群馬の酒蔵で『静かなるドン』という日本酒を作り、最後の打ち上げで、1人1人に手渡ししてお礼を言いました。その場には、なんと、ドラマの主題歌を担当した桑田佳祐さんが来てくれるというビッグサプライズも!

書影『いばらない生き方』(新潮社)『いばらない生き方』(新潮社)
中山秀征 著

『静かなるドン』が終わって30年近く経った今になって、初めて告白するのですが、撮影のあった半年間、僕には、裕次郎さんの“声”が聴こえていました。

 たとえ話ではなく、本当に……。

 撮影所で裕次郎さんを真似て演技している時、打ち上げで、裕次郎然として振る舞いながら酒を飲んでいる時、いつも、あの、日活時代の裕次郎さんの声で「へへッ、バカやってんなぁ」と語りかけてくれるのが聴こえていたんです。

 もしかしたら、主演の重圧や、ハードスケジュールが生んだ幻聴だったのかもしれません。でも、僕は今も、日活撮影所にいた裕次郎さんの魂が、僕を見守り、励まし続けてくれたのだと信じています。