「イノベーションが生まれない」「利益率が低下し続けている」――多くの日本企業が長年悩む課題に、新しい企業変革論で挑み、具体的な解決策を提示する話題の書『企業変革のジレンマ―「構造的無能化」はなぜ起きるのか』(日本経済新聞出版、2024年)。その著者、宇田川元一・埼玉大学経済経営系大学院准教授にインタビューした。全5回の連載でお届けする。第4回は、リーダーの使命について論じていく。(聞き手・文/ダイヤモンド社 論説委員 大坪 亮)
セブン・イレブンの強さ
リクルートの凄み
――本書を読んで私が企業として連想したのが、セブン&アイです。かつてのセブン・イレブン・ジャパンといった方がより近いかもしれません。競合企業のイオンがM&Aや提携など外科的な改革を進めてきたのに対して、セブンは内科的な変革でした。元会長の鈴木敏文氏が「顧客ニーズを日々考えて、仕事の仕方を変えろ」と指導して、地道に変革を続けて、小売業にイノベーションを起こしてきました。
鈴木敏文さんの本も好きです。同じ話が他の本にも書かれていると思いますが、『変わる力』(朝日新書、2013年)にはこのように書かれています。休日は午前中にジムで運動して、帰りにセブン・イレブンの店舗で昼食用に弁当を買って、自宅で食べるのですが、もしその時に問題を発見したら、即座に店舗からの撤去を命じるというのです。本部での役員試食をパスしても、顧客が小売店で買う弁当が美味しくなかったらダメで、40年間習慣化していて、過去に何度か撤去したと書かれています。
顧客や小売現場を重視することの大切さを説く一例ですが、その姿勢の中でイノベーションが生まれる話もしています。その一つが、セブン銀行(設立当時はアイワイバンク銀行)です。発案した時には周囲から「なぜ小売店が銀行をやらなくてはならないのか」という反対の声が多く、進展が遅れ、推進メンバーの心身が疲弊した時期があったと言います。その際、彼らを鼓舞するのに鈴木さんが強調したのが顧客ニーズです。
「顧客ニーズに応えて、店舗では香典袋を販売しているのに、その袋の中に入れる現金が店舗では用意できていない。セブン・イレブンが顧客の生活にとって便利なものが揃う店である以上、お金も商品の一つだと説いた」というのです。それによって、銀行をやるべき価値をプロジェクトメンバーが再認識し、さらなる努力を続け、ついにセブン銀行の実現にいたります。さまざまな顧客ニーズを見つけ、それを地道に商品として形にしていく同社の力を示すエピソードだと感心しました。
ただし、1つ問題があると思いました。鈴木さんの本では、例えばセブン銀行のトップに就任した安斎隆さんの話が出てきて、その存在を高く評価していますが、それも自分が彼を見出して説得したという話になっています。また、セブンプレミアムについても、「やるように一喝した」という記述があります。これらからは、ご本人が指示を出す主体として登場しているように見えます。こうした行動は、経営者としての責任感のなせるものであると思う一方、そのやり方の宿命として、考える主体としての組織メンバーの顔が見えてこないことが気になります。
前述した(本連載第2回)リーダーシップ研究の第一人者であるロナルド・ハイフェッツは、「リーダーシップは人々を支配することではなく、人々の能力を構築することだ」と言っています。そこに至らなければ、鈴木さんの会社で終わってしまうということになります。
――「権力を持つ立場の人間が危機感をあおり、やるべきことを示せば、従うメンバーもいるかもしれない。(中略)だが、こうした関係は同時に依存性を生み、当事者が物事を自発的に考えられなくなるリスクもある」として、本書は「自発性」の重要性を説いています。
社員全員の自発性を活かして明日の事業を作っていく、という点でいくと、リクルート(ホールディングス)の右に出る会社はないと思います。『「どこでも通用する人」に変わるリクルートの口ぐせ』(KADOKAWA/中経出版)というリクルート卒業生有志で書かれた本がありますが、これにも自分のアイデアを壁打ち相手になって聞いてくれた上司の言葉や、経営者の視点を日頃から仕事の中に求められていること、さらには自発性を基盤に様々な仕事に取り組んでいくことが、日頃の習慣として確立していることが伺えます。
リクルート創業者の江副浩正さんは、ドラッカーを愛読していたと『江副浩正』(馬場マコト、土屋洋著、日経BP)に記されています。まさに、日頃から対話的な仕事を求められているということなのかもしれません。
リクルートよりも規模の小さい会社ですが、最近、株式会社ヨコオの経営層をインタビューして、近いものを感じました。BtoBの会社なのですが、インタビューはネットで公開していますので、是非とも読んで頂きたいです(『なぜ創業100年を超えるものづくり企業は「構造的無能化」を避けられたのか──宇田川准教授が秘訣に迫る』)。