ミンツバーグとワイク
「保守」の意義
――自発性という点では、「即興ジャズ」のような臨機応変な経営を推しておられます。その考え方は、カナダの経営学者ヘンリー・ミンツバーグの思考に通じますか。
ミンツバーグは、学生の時に読んで、「この人は友達になれるな」と思いました。
ただし、ミンツバーグはやや観念的で、どこかで、アンチ・メインストリームの人なのですよ。経営学者の大御所であるマイケル・ポーターとか、戦略経営の概念を打ち立てたイゴール・アンゾフの問題は指摘するけれど、ではどうしたら良いのかがあまり見えてきませんでした。
若い頃は、ミンツバーグのあのアナーキーな感じが好きな一方で、アンゾフは嫌いでした。でも今は、改めて読み直すと、アンゾフはかなり重要なことを書いてると思うのです。ポーターもすごいなと思います。
ミンツバーグは、カール・E・ワイクの影響を受けていると思います。ワイクについては本書にも多くを書きました。彼の理論は、私の基盤だからです。大学院生の頃には、ワイクの邦訳『センスメーキング イン オーガニゼーションズ』(文眞堂 、2001年)が刊行される際に訳者の先生方による研究会に参加させてもらい、深く勉強させてもらいました。
ミンツバーグも好きですが、アンチで留まってはいけない。誤解を受ける言葉ですが、私は「保守」の意義を尊重しています。
――「保守」についても論じています。本書の魅力の1つは、経営学の学説に留まらず、哲学や政治学、人文学など、幅広い学問から、企業の「慢性疾患」を分析し、その対処策を探っていることにあります。各章の間に挟まる「コラム」で、それらを紹介しています。
実際は理論的な系譜としては全部自分なりにつながっています。ただし、今回そのつながりを自分なりに構築しながら、企業変革を論じることは非常にチャレンジングなことでした。
書き終えてみて、これまでの理論研究が、自分が携わってきた企業変革の実践と結びついたものがひとつの形になって良かったなと思っています。
内容についての反応も多く、内容に深く共感してくださった方からのリアクションが前著2冊のレベルではありません。これまでにお会いしたことのなかったような著名な大企業の経営者や識者から、連絡をいただくことも増えました。大変ありがたいことだと思います。
分かる人にはものすごく分かってもらえて、評価していただきました。一方で、「変革について具体的な方策が足りない」という反応もあります。ある経営者の読者からは、「経営について真剣に悩んだことがある人には、この本の内容は明確に分かります」と言われました。
*連載第5回(最終回)「中村哲さんら『他者』からの学び」に続きます。
宇田川元一(うだがわ・もとかず)
埼玉大学経済経営系大学院准教授
1977年生まれ。専門は経営戦略論・組織論。早稲田大学アジア太平洋研究センター助手、長崎大学経済学部准教授、西南学院大学商学部准教授を経て2016年より埼玉大学大学院人文社会科学研究科(通称:経済経営系大学院)准教授。企業変革、イノベーション推進の研究を行うほか、大手企業やスタートアップ企業の企業変革アドバイザーも務める。主な著書に『他者と働く──「わかりあえなさ」から始める組織論』(NewsPicksパブリッシング)、『組織が変わる──行き詰まりから一歩抜け出す対話の方法2 on 2』(ダイヤモンド社)。最新著書は『企業変革のジレンマ──「構造的無能化」はなぜ起きるのか (日本経済新聞出版)。