最低賃金を上げても雇用が失われない可能性も、理論的にはあり得る。それは、企業が雇用量を抑え、賃金も抑制している状況において起こる現象だ。この場合、最低賃金を上げると雇用を抑える理由がなくなるため、雇用量は増えて生産が拡大する。結果として、その企業が販売する商品やサービスの価格は下がる。

 一方で公益委員見解の政府に対する要望では、小規模事業者の賃上げ原資確保という観点から価格転嫁対策の徹底を求めている。これは、最低賃金引き上げが本来は価格上昇につながるとの状況認識が示されているといってよい。つまり最低賃金の上昇が雇用を減らす局面が想定されている。である以上、雇用減少に関する懸念とその実証的な検証の要請が政府への要望として明記されるべきだった。

 わが国の最低賃金は伝統的には、賃金改定状況調査で明らかになる小規模事業者の賃金上昇に合わせる形でほぼ自動的に決まってきた。そのような状況では、労使の代表が集まる審議会で議論し、公益委員が最後の微調整を行うということでよかったのだろう。

 しかし、この10年ほどで最低賃金が政策的に大きく変化するようになった。この状況を考えると、最低賃金の雇用・賃金・物価への影響を専門家にデータ分析させ、その分析結果が審議会に提供される体制をつくる必要がある。

(東京大学公共政策大学院 教授 川口大司)