多摩市などの自治体と提携し
保育園入所決定方法を改善
山本 マッチング理論の活用において自治体との共同研究としては、どういうものがありますか。
小島 例えば保育園の入所決定方式の改善があります。共同研究先のサイバーエージェントがハブとなって、東京都多摩市や渋谷区、福島県郡山市などの自治体と提携し、保育園の過去の利用データをもとに、利用基準や利用調整アルゴリズムの改善に向けた実証実験を進めています。
家庭は、子供を預けたい保育園のリストを志望順位を付けて自治体に提出します。その志望リストを基に、自治体は保育園への割り振りを検討します。第1志望、第2志望と書かれたリストを見て、その家庭の志望順位が高い保育園を割り振ろうとするのですが、どうしても人気が高くて志望が集中する保育園とそうでない保育園が出てきます。
この制度においては、家庭は志望リスト提出の際に、いろいろなことを考えるわけです。人気の高い保育園を第1志望に記入すると、倍率が高くて落ちてしまうかもしれないから、本当は第3希望だけど倍率が低そうな保育園を第1志望と書けば、その保育園を割り振れられるのではないかと考えたりするのです。
いわば本音とは異なる志望書を提出して、保育先を確実に獲得する戦略と言えるかもしれません。しかし現実には、その戦略が裏目に出て、どこにも割り振られなかったり、他の家庭も同じ戦略をとり、全体として不満足な割り振りになってしまうケースが多々あるのです。
こうしたことについて問題意識を持っている自治体から相談を受け、嘘をついても得をしないという仕組みを提案して、成果が出たのです。その仕組みは、経済学が長年研究しているマッチング理論に基づくものです。
山本 不条理をなくすための設計ということですね。お互いにそういったつもりはないのに不幸に落ちてしまうことをなくす。そうした仕組み作りが「マーケットデザイン」ですね。
小島 はい。実際に多摩市では、利用調整ルールの改善前と改善後のデータを分析したところ、一部の申請者において正直な希望の申告が促進されている可能性を示唆する結果となりました。
これにより、正直に希望順位を申告しないで、希望とは異なる順位を申告することで得する可能性が減少します。
結果、他の申請者の希望とは関係なく、子供を通わせたいと思う順に記入しても不利益が発生しないで、シンプルな意思決定で済むことが期待されます。
山本 ここまで伺ったお話をもう少し専門的にまとめた書籍が、新刊の『マッチング理論とマーケットデザイン』(小島武仁、河田陽向著、日本評論社、2024年9月)ですね。私が読んだところでは、マッチング理論を体系的に学べる内容になっていると思いました。
小島 早稲田大学やスタンフォード大学などでの講義をまとめたもので、第一義的には学生向けですが、ここまでお話した保育園マッチングの仕組みの背景にある理論も解説しています。証明の解説では数式を用いていますが、それ以外は文章で説明しています。
やや専門的で難しいかもしれませんが、講義録が元になっているので、表現は平易です。マッチング理論とマーケットデザインの基礎から研究の最前線まで触れてみたいと思われる方には、面白く読んでいただけるかと思います。(了)