米大統領選挙は共和党のトランプ氏が勝利した。共和党は上院と下院の両方を制し、政権と議会を押さえる「トリプルレッド」となった。接戦予想が裏切られ、トランプ共和党が圧勝した事実は、今後の金融経済情勢に大きな影響をもたらす。金融政策の観点で考察すると、特にトランプ氏の「保護主義」は、米経済のインフレ再燃を通じて、日銀の金融政策が複雑骨折しかねないリスクをはらむ。(時事通信社解説委員 窪園博俊)
米経済の「軟着陸」路線に暗雲
保護主義、移民規制でインフレ再燃
米政権が民主党から共和党に移行することは、これまで想定された金融・経済動向のシナリオが一変する恐れがある。
まず、民主党政権下の米経済情勢を回顧したい。米経済は脱コロナに伴ってインフレが加速した。当初、米連邦準備制度理事会(FRB)は、原油急騰を受けたコストプッシュのインフレは一過性と見なし、緩和姿勢を続けた。しかし、インフレが賃上げを巻き込んで悪循環する様相が強まり、積極引き締めに転換。今年に入ってやっとインフレは落ち着き、利下げできる状態にこぎ着けた。
この間の経済運営を総括すると、突如として発生したインフレに対し、FRBは初動こそ間違えたが、積極果敢な引き締めでインフレ鎮圧に成功しつつある。民主党政権もインフレ安定を最優先課題とし、FRBの政策運営を全面擁護した。経済は大幅利上げで不況に陥ることはなく、ソフトランディング(軟着陸)する方向だ。経済はコロナショックを乗り越え、安定を取り戻す状態と評価される。
こうした中、第2次トランプ政権の発足は、「せっかくの安定が損なわれる恐れがある」(外資系ファンド幹部)のだ。
なぜならば、トランプ氏の「保護主義」はインフレ圧力を招く施策が目立つからだ。特に自国産業を保護するために中国などを狙い撃ちにした大幅な「関税引き上げ」は、輸入品を高騰させ、国内物価に波及するのは間違いない。
また、「移民規制強化」は、労働供給力の削減となり、賃金上昇を通じたインフレが再燃しかねない。民主党政権とFRBのインフレ抑制が奏功した要因として、移民流入による労働需給の緩和を無視することはできない。
脱コロナに伴うインフレ加速は、原油高騰が主因だが、コロナ禍でいったん休職した労働者の復帰に時間がかかったことも大きい。特に高齢者は罹患を恐れて復帰を躊躇する。一方、経済再開で企業は多くの労働力を必要とし、一気に「人手不足」が強まった。賃金は高騰し、それがインフレを助長する悪循環が生じた。
その際、絶えず流入した移民が労働力の供給源となり、インフレ安定につながったとみられる。トランプ政権が移民規制を強化すると、「米労働市場は再び人手不足が強まり、賃金上昇がインフレを招く恐れがある」(大手邦銀アナリスト)とされる。
「通貨安志向」のトランプ氏
引き締め阻止すればドル高加速も
さらにトランプ政権の大規模減税もインフレ助長の要因だ。トランプ政権の1期目の2017年に成立した大型減税(トランプ減税)は25年末に期限を迎えるが、これは恒久化される公算が大きい。
このほか、残業手当やチップなどは非課税となる。もともとコロナ禍における大規模な財政出動がインフレ圧力を高めたが、さらなる減税による財政バラマキは「インフレ再燃のリスクを高める」(日銀OB)という。
加えて、保護主義者であるトランプ氏の「通貨安志向」も見逃せない。前述した通りに関税強化などの施策でインフレ圧力が高まると、FRBは引き締めに動かざるを得ない。為替市場では米金利上昇とドル高が進展するが、トランプ氏がそれを嫌ってFRBに露骨な圧力をかける恐れがある。
1期目にFRBに公然と利下げ圧力をかけたが、2期目も同様にFRBに圧力をかけ、引き締めを阻止するかもしれない。金融市場は政策運営の矛盾を許さない。インフレ阻止に必要な利上げができなければ、インフレ悪化を見越した債券売り(金利上昇)が誘われ、結果的にドル高が加速する恐れもある。
こうしたトランプ政権のインフレ悪化シナリオが仮に実現した場合、日本への影響は甚大だ。
次ページでは、日本が期待していた「安定化シナリオ」が覆されるリスク、そして、円安がさらに進行した場合に、日銀を待ち受ける“厄介な事態”を先読みする。