外貨獲得で半導体・鉄鋼レベルに! 50兆円をゲットだぜ!日本のゲーム#4Photo by Yoko Suzuki

AIブームが爆発する前の2021年まで、米エヌビディアにとっての主要事業は「ゲーム」だった。同社は実は、起業直後の倒産危機を日本のゲーム会社に救われたことがあるという。特集『50兆円をゲットだぜ!日本のゲーム』(全25回)の#4では、11月13日に来日したジェンスン・フアンCEO(最高経営責任者)に、「エヌビディアとゲーム」についてダイヤモンド編集部記者が直接聞いた。(ダイヤモンド編集部 鈴木洋子)

「ドリームキャスト」開発から撤退の苦い過去
セガが救い、AI事業参入を手助けした

 今や世界一の時価総額を持つAIのトップ企業、米エヌビディア。その「祖業」はほかならぬゲームであり、創業当初倒産の淵にあった同社を救ったのは、日本のゲーム会社だった。

 元々ゲームファンだったジェンスン・フアン・エヌビディアCEOは、1993年に発売されたゲームセンター用のセガの「バーチャファイター」の画期的な3Dグラフィックスに魅了された。93年といえば、LSIロジックを退社したフアン氏が2人の共同創業者と共にエヌビディアを創業した年でもある。

 フアン氏は来日してセガの社長と面会し、バーチャファイターの技術について質問責めにした。それがきっかけとなり、エヌビディアが開発した最初の製品であるパソコン向けGPU「NV1」が、バーチャファイターなどのアーケードゲームをPCに移植する際に採用された。そして、その後すぐエヌビディアはセガの重要なプロジェクトのパートナーとして選ばれる。次世代ゲーム機「ドリームキャスト」のGPU担当の開発パートナーだ。

 ところが、当時のエヌビディアの戦略ミスにより、開発は失敗。「われわれのアプローチでは目指すビジョンに届かないことが分かり、恥を忍んでセガの入交昭一郎(当時副社長)さんに契約からの解放をお願いしました」。11月13日の来日時の講演の最後のプレゼンテーションで、こうフアンCEOは語った。

 当時、セガとの契約を失い支払いが止まることはエヌビディアにとって倒産を意味した。普通なら、契約を履行できない無責任なスタートアップとして切り捨てられてもいいところだが、入交氏は契約解除を受け入れ、半年間の猶予を与えた上で当初の契約にあった支払いを行い、さらにエヌビディアへの追加出資すら行ったのだ。

 セガからの出資をもとに、97年にRIVA 128というヒット商品を生み出したエヌビディアは窮地を抜け出し、99年に株式上場にこぎ着ける。「セガは寛大にも、私たちにGPUを再発明するための機会と時間を与え、会社を救ってくれたのです。それ以来私たちは日本の皆さんと協力して、ゲームの概念を再定義し続けてきました」。フアンCEOは、こう述べてセガと入交氏への感謝と、そして日本のゲーム業界への強い愛着の意を表したのだ。

 現在ではAIコンピューティングの最大手と目されているエヌビディアだが、実はほんの2年前までは「ゲームの会社」だった。そして、生成AIブームでその顔が大きく変わった今でも、実はエヌビディアはゲーム業界を左右する鍵を握っているのだ。

 次ページからは、フアンCEOにダイヤモンド編集部記者が直接インタビューして聞き出した内容と共に、AIはゲームの中身をどう変えていくのか、なぜエヌビディアが今後のゲーム業界の趨勢を握るのかに迫る。