誤解しないでいただきたいのは、お金を引き出すこと自体は問題ないということです。お父さんの同意があれば問題はありません。ただ、気をつけなければいけないのは、相続税の申告上の扱いです。

 具体例として、葬儀準備金を引き出したケースを考えます。相続開始直前、残高1000万円の通帳から200万円を現金で引き出すと、通帳残高は800万円、手元現金200万円という状態になります。その後、お父さんが亡くなった瞬間には「預金800万円+手元現金200万円」が存在していました。そして葬儀費用200万円をその手元現金から支払いました。

申告漏れに要注意!

 相続税の申告上、葬儀費用は差し引くことができます。つまり、申告書には「葬儀費用200万円」として記載できます。しかし、それだけでなく、相続開始時点で手元にあった現金200万円も財産として申告しなければなりません。相続発生時点では預金800万円と現金200万円があったわけですから、それらを合計して1000万円、そこから葬儀費用200万円を引くことで、最終的に800万円が相続税の課税対象となるのが正しい計算です。

 このように正しく申告すれば税務署からも「漏れなし」となります。しかし多くの方は、この現金200万円を申告しないミスを犯します。「もう葬儀で使い終わって手元に現金なんて残っていない」という感覚があるでしょうが、相続税は「相続が起きた瞬間」にいくらあったかで見るため、その瞬間には確かに現金200万円が存在していたことになります。申告しないと、結果的に財産が少なく申告され、税務署に「直前に引き出した葬儀用の現金は相続開始時点で存在していたはず」と指摘され、追徴課税となるケースが非常に多いのです。

 以上から、相続開始直前に葬儀費用として引き出した現金は必ず相続税申告に含めてから、葬儀費用として差し引くことが重要です。

 一方、相続開始「直後」に引き出した現金はどう考えるか。相続開始後、銀行はまだ亡くなった事実を知らないため、ATMで引き出せることがあります。これは税務上は問題ありません。亡くなった日の残高で申告して納税した後に引き出すお金なので、計算上問題はありません。ただし、民法上は他の相続人の同意なしに引き出すことは問題になる可能性があるので注意が必要です。

 また、相続開始前に引き出した現金をすでに生活費や入院費などで使い切っていた場合は、その分は手元に残っていないので問題ありません。領収書がなくても、相続開始時に現金が残っていなければ申告はそのままで構いません。

 まとめると、税務署が葬儀用に引き出した現金をマークするのは、相続開始時点で存在していたはずの現金を申告漏れするケースが多いためです。引き出すこと自体は悪くありませんが、相続税申告の際は手元現金として申告し、その後葬儀費用として差し引く、この手続きを忘れないよう注意してください。

 年末年始が近づいてきました。親族で顔を合わせる機会がある人も多いかと思います。相続や贈与のことで家族と話し合う際、ぜひ参考にしてください。

(本原稿は『ぶっちゃけ相続【増補改訂版】』の一部抜粋・追加編集を行ったものです)