ハイエクの貨幣発行自由化論。
新通貨の挑戦と既存通貨の応戦

――基軸通貨としての米ドルの揺らぎということだと思うのですが、これまでも日本・円とドイツ・マルクがドルに変わるのではないかと言われた時代がありましたが、実現しませんでした。国の安全保障面での脆弱性があり、覇権国として米国には代わりえなかった。その意味では中国の台頭は大きな脅威ですが、その他にはありますか。

 再び金に戻るとか。金本位制になるのはナンセンスという人はいますが、人口増加率が下がり、経済成長率が低下していくと、これまでのように決済を円滑にするために通貨量を成長率に応じて増やす必要はなくなります。産業資本主義時代には経済成長が高く、それに応じた通貨量が必要でしたが、今後は経済成長率が0%に近づけば金の産出ペースで間に合うのではないでしょうか。

 中国が今、金準備をどんどん増やしているのは、金本位制も選択肢の一つと考えているのかもしれません。

 そして、プラットフォーマーによるデータ本位通貨です。誰と誰が友達関係にあるというデータを彼らが持っていることの価値が出てきます。お金のやり取りや融資などを、P2P(個対個)の付き合わせでできるわけです。ブロックチェーンで帳簿を管理できるので、これまでのように巨大システムを作る必要がなく、コスト面での優位性があります。

 ニクソン・ショックの際に兌換紙幣から不換紙幣に変わった国際決済システムを支えたのは、その時までに発展したI Tシステムだったわけですが、同じようにブロックチェーンという新しいテクノロジーが通貨制度を変えていくということは起こり得ることです。

 こうした観点で考えると、フリードリヒ・ハイエク(1899年〜1992年)が提示した「貨幣発行自由化論」が再検討されるべきかもしれません。「通貨発行における自由な競争によって『理想の通貨』が生み出される」という、徹底された自由主義の世界です。

 これまで私たちが歩んできたのは、この競争の果てに国際決済通貨としてのドルを受け入れてきた道でした。これからは、一国内で複数の通貨が用いられる法定通貨の分立や、基軸通貨の分裂という逆の道を歩み始めるかもしれません。つまり、通貨間の自由競争が始まるための通貨システムの融解が始まると言ってよいでしょう。

 今日、金融覇権を求めての新たな挑戦が生じているのです。これに対して既存の主権国家は、例えばCBDC(中央銀行デジタル通貨)で応戦しようとしています。今後そうしたいくつもの挑戦と応戦が繰り返され、時間をかけて新しい通貨制度が形成されていく可能性があります。

――とはいえ、前半でお話いただいた各国の金融緩和で生み出された巨額マネーは現実的にドルでしか運用できません。そして米国株式への投資に向かっています。

 これまでお話しした、国際通貨システムの融解が発生するならば、それはかなりの時間をかけて進行していくものと思います。超長期の座標軸での通貨の統一化と分立化の動きの一環と考えればよいでしょう。

 一方で、2010年代に実施された非伝統的金融緩和により生じた過剰流動性は、資産市場に流入し、どの投資家に聞いても、米株、米株、米株といった状況です。しかし、これは危険ではないかなと思います。

 先程(連載1回目)お話しした産業資本主義の巻き返しが生じるのであれば、国債利回り2%割れが常態化していた国々(スイスや日本など)も、金利史のパターン(国債利回り2%が下限)に戻り、株式に対する国債の魅力が上昇するからです。

 産業資本主義の歴史を見ると、株式の価値減価は主に2パターンです。1つは株価そのものが落ちる、もう1つは株価の水準は保たれるもののインフレで実質価値が落ちる、です。

 米国では1970年代において株価指数は下がらなかったのですが、インフレ率が10%台なので株式の実質的価値はどんどん減価しました。

 今日、この可能性が高まっているのではないでしょうか。特にトランプ政権において金融を引き締めないで、緩和の方向に行くと、インフレに火をつけてしまう可能性がある。現に、連邦準備制度理事会(FRB)が利下げをしているのに、国債利回りは上昇基調で推移しており、金融市場は将来の物価上昇を懸念し始めています。

 金利は先程言いましたように上がるときはとても速いのですが、物価も同様に上がる時は速い。金利や物価が急速に変動する時期に、実質的な資産価格が揺らいできたのが産業社会のパターンでした。

 現在は、超長期で進む情報社会化を背景にした「金利への疑念」と「通貨の分立・脱基軸化」という動きと、長期での産業資本主義の巻き返しによる「金利のある世界」と「実質資産価格の修正」という動きが交差しているわけです。情報化という挑戦に対して、産業社会の残影が応戦しているとみなせるのではないでしょうか。(了)