朗報はある。最近の研究によればファクトチェックは効果を発揮する。アルゼンチン、ナイジェリア、南アフリカ、さらにイギリスの参加者におけるファクトチェックの効果を調べた米国科学アカデミーにて発表された研究から、ファクトチェックの肯定的な効果は2週間後にもまだ確認できることがわかった。とはいえ間違いを修正したところで、誰かのアイデンティティや世界観に根ざした信念を必ずしも変えられるとは限らない。それにはまた別のアプローチが必要だ。
「世界観とは一つひとつの事実が積み重なったものではないからです」とウィルは言う。
「爬虫類がバッキンガム宮殿を支配していると信じる人には、ファイザー社のワクチンに酸化グラフェンが入っているかどうかファクトチェックするよりも、彼らの話に合わせた切り口でかかわる必要があります」
ウィルは、「医学的な証拠は間違っているか改竄されていて、自分たちは嘘をつかれていると心底信じる」ひどく頑ななサブカルチャーがあることを承知している。強固な意見を持つ人びとは、普段からファクトチェッカーにとって最も手強い相手だ。そもそも公的な情報を信頼しない人間を、公的なものに聞こえる情報によって心変わりさせるのはまず不可能に近い。
だがファクトチェッカーの仕事は、ワクチンは安全だと人を納得させることではないとウィルは言う。そうではなくて、自身で判断するための然るべき根拠を与えることだ。
「私たちは公衆衛生の運動をしているわけではありません。誰かを説得して何かをさせようとしているわけではないんです」
ウィルは言論の自由の支持者だ。それこそが、公の議論の場で優れた情報が提供されることを何よりも保証すると信じている。「開かれた社会は開かれた議論に依って立ちます。……目先のことだけを考えれば面倒くさいことですが」。だが目下の課題については現実的な見方をしている。
「オンライン上でますます細分化している視聴者と、どうすればオープンな議論をし続けることができるのかは、まだ我々にもわかっていません」
火事ではないのに火事だと
消防署に言えばどうなるか
人びとの発言を止める場合、たんに間違ったファクトを主張するのではなく、高い基準を設けるべきだと彼は言う。問題なのは偽情報を拡散する意図とその結果だ。
「あなたが消防署に行って火事ではないのに火事だと言えば、それは犯罪行為です――それが[事実として]間違っているからではなく、あなたのせいで消防隊が実際の火事現場に向かうことができなくなるからです」