削除の方針は、そのコンテンツよりも行動いかんで実行されるべきだと彼は考える。彼いわく間違った個々のコンテンツは削除すべきではない。かわりに有害な行動こそ規制すべきだ――たとえば連携した組織的な偽情報作戦に加わるユーザーを規制するなどだ。「それは一種の権力の乱用ですから」と彼は言う。
今日のオンライン情報の状況を一変させたのは、低コストで誰にも気づかれずに大勢の聴衆と簡単につながれるようになったことだ。しかも自分の意図やアイデンティティを隠すことで、自分が誰か、最終的に何が目的なのか人びとを欺くこともできる。「10年前に100万人に自分の話を聞いてもらいたいと思ったら、自分で新聞を発行するか、大きな広告看板を出すしかありませんでした」とウィルは言う。
「そうすればあなたのしていることに誰もが気がついたでしょう。でもいまは100万人に話しかけることができる。しかも、実際には誰にも知られずにね」
![書影『ゴーイング・メインストリーム 過激主義が主流になる日』(左右社)](https://dol.ismcdn.jp/mwimgs/6/9/200/img_691ffd824acd38a3c2de97a0530c2321106396.jpg)
ユリア・エブナー著、西川美樹訳
インターネットの規模は大いなる課題だ。同じ主張が国から国に広がっていくのをウィルは見てきた。「連日オンライン上で途轍もない量のものがつくられていて、もう人の手に負えるものではありません」とウィルは言う。
「聴衆もばらばらに分断されていて、どの主張が世論を決定づけているのかすらわかりません」
フル・ファクトが投資している人工知能チームは、監視を自動化し、誰かが真実でない主張を繰り返す場合は特定し、場合によってはファクトチェックまで自動化している。だが解決策が向上している一方で、問題自体は悪化しているかもしれない。テクノロジーの発展は当然ながら、ファクトチェックや偽情報の撲滅に新たな課題を突きつける。たとえばディープフェイクや自然言語生成によって、あるコンテンツの裏にいる作者を特定するのはいっそう困難になるだろう。
「突き詰めれば、最初に何かがつくられ、それが最終的に人の目に触れるまでの全行程を通して信頼を築くことが必要になる」とウィルは考える。
ファクトチェックやエビデンスにもとづくアプローチが異次元のファンタジーや誇大妄想、真っ赤な嘘を相手にするようになると、わたしたちの時代を揺るがす対立とは、「クレイジーなもの」と「さほどクレイジーではないもの」との対立のようにますますもって見えてくる。