レインボーフラッグ写真はイメージです Photo:PIXTA

生まれたときに割り当てられた性と、自ら認識する性が異なる人々を指す「トランスジェンダー」。近年トランスジェンダーの人たちの存在が広く可視化されるなか、ヘイトの対象となることも少なくない。フェミニストのジャーナリストとして活動するユリア・エブナー氏は「トランスのアクティビズムほど政治的・感情的に議論を呼ぶものはまずない」と語る。妊娠・出産を経験したゲイのトランス男性、トリスタン・リーズへの取材を中心に、現代人が抱えるジェンダーの課題について紐解いていく。※本稿は、ユリア・エブナー著、西川美樹訳『ゴーイング・メインストリーム 過激主義が主流になる日』(左右社)の一部を抜粋・編集したものです。

2018年に発生し注目を集めた
ある囚人が起こしたレイプ事件

 パリのアクセプテスTの抗議集会(編集部注/トランス女性が殺されたことに抗議する、トランスジェンダーの権利を主張する集会)から戻って数日後、わたしはコヴェントガーデン駅からロンドン地下鉄に乗車した。向かいに座るスーツ姿の中年男性とスマートカジュアルな服装の女性が、数メートル先に立っているタイトなドレスにピンクのアイメイクをしたトランスの若者をじっと見ている。ふたりが何かささやいて彼女を指さすと、彼女が居心地悪そうにしているのが見てとれた。「ピカデリーサーカス!」アナウンスが流れ、彼女は地下鉄を降りた。

「トランスジェンダーの囚人が、ふたりの女性をレイプしたって記事を読んだ?」とその男が他の乗客に聞こえるほど大きな声で話す。女性用の刑務所で同じ収容者を性的に暴行したカレン・ホワイトの話は2018年に世界的なニュースになり、反トランスの活動家たちはこの話に飛びついた。性犯罪者のスティーヴン・ウッドはカレン・ホワイトという名のトランス女性として刑務所に入ったが、法的にはまだ男性で、実際にはトランスジェンダーではなかった。

 地下鉄に乗っていたこの男は自信たっぷりに続ける。「女性になりすました男が女性限定の刑務所やトイレに入るのを許すなんて信じられないよ。連中は女性の安全を脅かしている。許しがたいことだ」。友人の女性が頷く。男は続ける。