トランプ大統領の関税政策
モデルによる効果と副作用の分析
これまでのところ大きなサプライズはないが、トランプ政権がいつ何をするかわからない不確実性が高い状況が続く。特に関税政策は外交面での交渉カードとして最大限利用するため、虚実入り混じった過激な情報発信が今後も繰り返されることは確実だ。サプライズを武器にするトランプ氏だけに、そのどこまでが脅しで、どの程度実行されるかは判断が難しい。
判断に際して鍵を握るのは関税政策の効果と副作用を正しく予測することだ。合理的なトランプ大統領は、経済的、政治的な観点から効果とコストのバランスを緻密に計算したうえで意思決定を行うと考えられるためだ。
効果と副作用の比較考量には関税政策の影響の定量的分析が不可欠だ。関税引上げが家計や企業の行動に影響を及ぼし、物価や金利、為替レートといったマクロ変数が相互に影響し合いながら変化していく動態的な過程を分析するには精緻な経済モデルが必要となる。
そこで以下では、当社(オックスフォード・エコノミクス)の経済モデルによるシナリオ分析から関税政策の効果と副作用を確認し、トランプ政権が実行に移す関税政策の姿についてヒントを得てみよう。
貿易赤字の是正は困難
関税は交渉カード
トランプ大統領は貿易赤字を負けと考え、高関税で是正すべきと主張する。しかし、関税だけで米国の貿易赤字を是正出来ないことは、第1次トランプ政権における経験からトランプ大統領は十分学んでいる筈だ。
2018年以降の関税引上げによって米国の中国からの輸入は引上げがなかった場合と比べて40%近く減少したと当社は推計している。1%の関税引上げで中国からの輸入は2.5%減少した計算となる。
その一方で、米国全体の貿易赤字は変わらずに続き、中国の輸出と貿易黒字も拡大を続けた。米国の中国からの輸入は他国からの輸入に代替され、その中には中国からの第3国経由の迂回輸出も含まれる。
貿易収支や経常収支は、各国における消費や投資といった経済活動がもたらす貯蓄―投資バランスの変化によって決まる。関税による輸出入価格の変化だけで貿易収支や経常収支を大きく変化させることは難しい。
代表的な貿易分析モデル(GTAP)を用いて対中関税率を60%まで引上げるケースについてシナリオ分析を行っても同様の結果が得られる。中国の対米輸出は7割減少するが、他国との貿易に代替される結果、米国の大幅な貿易赤字は変わらない。
トランプ政権は、貿易赤字の是正効果が期待出来ないことは承知のうえで、関税政策を個別国とのディールを行うための交渉カードと位置づけていることは間違いない。