経済的豊かさを求めて
「哲学」を置き忘れたキャメロン
マリーナの不安は杞憂ではなかった。モスクワを訪問したキャメロンはロシアとの関係改善の重要性を何度も強調し、モスクワでの記者会見では、とにかく経済関係の大切さを説いた。
「私は大学で経済学を学びました。だから経済の話から始めましょう。貿易では誰もが恩恵を受けられます。ロシアは資源が豊富な一方、サービスは少ない。英国はその逆です。英国はロシアへの最大の直接投資国の1つです。また、ロンドン証券取引所では海外新規株式公開全体の約4分の1をロシア企業が占めています。互いが成長を支援できます。貿易と投資で最高のビジネス環境を作り出す必要があります」
キャメロンはオックスフォード大学で哲学と経済学などを学んでいる。そして、政治家になってからは、とにかく経済を重視した。「哲学」をどこかに置き忘れてしまったようだ。
経済が良くなると自由が重視され、民主主義が促進される。キャメロンはそう信じていた。会見でもその点を強調した。
「経済的に豊かになると、政治的にも自由を求めるようになります。自由なメディア、保障された人権、法の支配から恩恵を受け、成長の新たなサイクルに投資する自信とエネルギーを得ることができます」
キャメロンの発言は、欧米指導者の典型的な考え方だった。とにかく経済的に豊かになれば、市民は自由や民主主義を求めるはずで、これは地域や人種を超えた普遍的な原理だ。彼らはそう考えていた。しかし、その後の中国やロシアの振る舞いを見ていると、その思想に欠陥があるのではと思えてくる。
首脳会談ではリトビネンコ事件についても協議した。ただ、それはあくまで形式上であり、互いの姿勢を確認した程度だったようだ。
ヘイグは電話で「心配することはありません」と言ったはずだ。何のための電話だったのだろう。
「彼(ヘイグ)は私を落ち着かせたかったようです。すべてうまくいくと思わせたかったのでしょう。騒がれたくなかったのだと感じました」
政府はリトビネンコ事件への対応に関心が集まり、ロシアとの関係に影響することを危惧した。静かな環境で首脳会談を実現したかった。