ヘイグはラブロフとの会談後、記者会見しリトビネンコ事件について協議したと明かした。
ルゴボイの身柄を引き渡すよう求めたが、ロシアから拒否された。ヘイグは言った。
「私たちは相違が残っていることを認識し、対話と外交を通じて辛抱強く対処すべきです」
これに対しラブロフは、「ロシアは英国に協力する用意があるが、それは自国の法律に従った場合に限られる」と述べ、方針を変えなかった。
ラブロフは会見で経済関係強化の重要性を強調し、1カ月以内に両国政府が貿易投資に関する話し合いをすると明かした。2011年、ヘイグはラブロフをロンドンに招待し、キャメロンとメドベージェフによる首脳会談を開催することにも合意している。リトビネンコ事件が脇に置かれたのは疑いようがなかった。
その後、両政府の関係改善はさらに進む。2011年9月にはキャメロンがモスクワを訪問した。暗殺事件以降、初めての首相訪問だった。
マリーナによると、その直前、外相のヘイグから電話が入り、こう言われた。
「心配することはありません。引き続き政府は容疑者の引き渡しを求めます」
「そうですか。わかりました。ちょっと言わせてもらっていいですか」
「どうぞ。あなたは良きアドバイザーです」
「あの(ロシア政府指導部の)人たちを信用しないでください。あなたたちの期待は必ず裏切られます」
「オーケー。ありがとうございました」
マリーナは当時の心境をこう説明している。
「けた違いに裕福なロシア人が数多く英国に来て、多額の投資をしていました。富豪ロマン・アブラモビッチがプレミアリーグ(英プロサッカーリーグ)の名門チェルシーを買収(2003年)したのはその象徴です。英国の政府や財界はロシアからの投資に期待し、関係改善に前のめりになっていた。サーシャ(アレクサンドル・リトビネンコ氏の愛称)の事件が忘れられてしまうと危機感を覚えました」