
起業家のナフィア・ブシャラ氏は米シアトルのレストランで、密談ができるブースを探していた。同氏は半導体の設計を手がける秘密主義的なイスラエル新興企業、アンナプルナ・ラボの共同創業者であり、人目につかないように行動することには慣れていた。同社は注目を浴びることを極端に嫌い、自社サイトと呼べるようなものもなかった。
だがブシャラ氏はその夜、世界的な巨大企業の大物幹部との秘密裏の会談を予定しており、特に慎重を期していた。
その会談からは、テクノロジー業界の歴史で特筆すべき重要な取引が生まれることになる。
ビールやワインを飲みながら始まった半導体に関する議論は最終的に、米アマゾンによるアンナプルナの約3億5000万ドル(現在のレートで約512億円)の買収につながった。そこから10年が経過し、この取引がアマゾン全体の成功にとって決定的なものであったことが明らかになっている。
アマゾンはクラウド事業「アマゾン・ウェブ・サービス(AWS)」を頼りにしており、AWSはアンナプルナを頼りにしている。
アマゾンの人工知能(AI)戦略は現在、アンナプルナが設計したチップを土台としている。こうした特注品の重要性は極めて高く、アナリストらはAWSの成功の秘訣(ひけつ)だと指摘する。
アンナプルナの価値を最もよく理解しているのは、アマゾンのアンディ・ジャシー最高経営責任者(CEO)かもしれない。ジェフ・ベゾス氏の後任となる前にジャシー氏はアマゾンの巨大なクラウドコンピューティング事業を率いており、アンナプルナ買収を手がけた。
ジャシー氏は「AWSのストーリーを語り継ぐとすれば、アンナプルナ買収は最も重要な出来事の一つになる」と筆者に電子メールで述べた。