「石破・小泉会談」に隠された意味、ポスト石破不在の中で、進次郎争奪戦が勃発?2004年9月、日本の防衛庁および自衛隊の創設50周年の式典に出席する首相の小泉純一郎(右)と防衛庁長官の石破茂(いずれも当時)。石破は小泉改造内閣で初入閣。小泉は石破を飛躍させた恩人の1人といえる Photo:EPA=JIJI

 8月17日の日曜日、首相である石破茂の側近、経済再生担当相の赤澤亮正は福岡に向かった。石破の指南役でもある自民党の元副総裁、山崎拓を訪ねるためだった。赤澤は山崎に単刀直入に切り出した。

「石破総理と小泉純一郎元総理の会談をセットしていただきたい」

 山崎は快諾した。石破・小泉会談が自民党内の「石破降ろし」の流れに変化をもたらすと読んだからだ。小泉は圧倒的な発信力で日本の政治を大きく変えてきたことは周知の通り。「自民党をぶっ壊す」と叫び、郵政選挙では反対派議員に刺客候補をぶつけるという常識をはるかに超える判断を重ねた。政界引退後も「原発ゼロ」を訴え、2014年の東京都知事選に立候補した元首相の細川護熙を支えるなど独自の影響力を発揮してきた。

 石破はその第1次小泉第1次改造内閣で防衛庁長官として初入閣を果たしている。小泉は石破が飛躍する大きなチャンスを与えた恩人の1人。小泉が自民党内で注目される存在となったのは、竹下派支配といわれた時代に山崎、小泉、そして元幹事長の故加藤紘一の3人による「YKKトリオ」として頭角を現すようになってからだ。後に小泉が政権を担うと、山崎は幹事長、副総裁を務め小泉を支えた盟友だ。両者は政界引退後も「小泉同窓会」と称して定期的に会合を重ねている。

 昨年の5月14日、石破が自民党総裁選への出馬について迷っている時に山崎が東京・銀座の料亭「金田中」で開いた小泉同窓会に石破を同道した。山崎は後に「石破の出馬に向けて流れをつくろうと思って(地ならしを)やったことは事実」と語っている。事実この会合を機に石破は徐々に総裁選出馬の意思を固めていく。小泉が「しっかりやりなさい」と励ましたことが大きかった。