「今、ゆうちょに通常貯金をお持ちですよね。それを定額貯金に回していただけないでしょうか? 預け替えていただければ、日用品をどっさりサービスできますので」
超低金利の時代、金利のよさで口説くことは不可能なため、どうしてもこうした勧誘になる。
「そういうのは手間でしょう。それに何かと物入りで定額貯金に回しちゃうと不便なのよねえ」……。
午前中は5軒を訪問したが、すべて空振りに終わる。12時をすぎたところで、いったん局に戻って報告する。
「初荷」とは郵便局用語で
新人の第1号の挙績のこと
「おお、そんなに行けたんですね。そりゃ、すごい。この調子で行ってみてください」
巨体課長*が言う。「“初荷”ももうすぐじゃないですか?」
「初荷」とは郵便局用語で、新人の第1号の挙績のことを指す。励ましてくれているのか、プレッシャーをかけてきているのかよくわからない。
昼食を済ませ再び局長たちの指差し確認チェックを通り抜け、客先に向かう。
午後、回り始めて3軒目だった。古いが、かなり大きな一戸建て。家主の宮部さんには通常貯金に1000万円ある。70代くらいの女性が出てくる。
「宮部さん、こんにちは。Y郵便局の半沢と申します。貯金関係で回ってます」
精いっぱい、口角を上げ、笑顔を作る。うまく笑えているだろうか。
「何かしら?」
「お持ちの通常貯金を定額貯金に回していただけないでしょうか?」
「結構前にも郵便局の営業の人が来たことあるけど、あなたは新人さん?」
「よくおわかりですね。じつは40すぎてますけど、ド新人なんです。いろいろ転職してきて、そろそろ終の棲家にしたいんですよね」
「それはたいへんだったわねえ。でも、郵便局ならしっかりしているから大丈夫よ」
玄関に座り込んで話し始める。宮部さんは雑談が嫌いではないようだ。
「子どもが2人*いるんですよね。まだちっちゃくて、しっかり食わせないといけないですし、プレッシャーですよ」
「お子さんは何年生?」
「上がまだ小学校入ったばかりでして」
「あら、そうなの? うちの孫も今年から小学生なの」
この日一番の笑顔である。この話題を深掘りしてみよう。