既存を否定してこそ未来が開ける
デザインが導く発想の転換

破壊的イノベーションもデザインから、LIXILのトップが語る「経営の意志」を伝えるデザインの力とは――LIXIL 代表取締役社長兼CEO・瀬戸欣哉氏インタビューJUN KATSUNUMA
多摩美術大学卒業。NECデザイン、ソニー、自身のクリエイティブスタジオにてプロダクトデザインを中心に、コミュニケーション、ブランディングなど、幅広くデザイン活動を行う。国内外デザイン賞受賞多数。デザイン賞審査員も務める。2020年 NEC入社、デザイン本部長として全社デザイン統括を行う。2022年度よりコーポレートエグゼクティブとして、経営企画部門に位置付けられた全社のデザイン、ブランド、コミュニケーション機能を統括。2023年より現職。
Photo by YUMIKO ASAKURA

勝沼 製品を生み出すに当たって、デザインが具体的に力を発揮したケースにはどのようなものがありますか。

瀬戸 例えば、車いすに乗ったまま使えるキッチン「ウエルライフ」があります。これはいわゆるユニバーサルデザインの視点から生まれた製品ですが、体が不自由な方だけではなく、幅広いユーザーに使っていただけるポテンシャルがあると思っています。

 台所仕事をしていて疲れてくると、誰だって座りたくなりますよね。「ウエルライフ」は座りながら料理や洗い物ができるキッチンです。つまり、「立ちっ放しで台所仕事をするのは疲れる」と感じている全ての人にお使いいただけるということです。

 困っている人が必要としているものがあるなら、たとえそれがどんなにニッチで極端な領域でも、真剣に向き合うべきだと考えています。その考えを言葉にしたのが、LIXILにおけるデザインのコンセプトの一つである「Good for One, Good for All, Good for Lifetime」です。1人にとって良いことは、他の人にとっても良いものである可能性が高い。最初はニッチで極端な需要かもしれないものでも、最終的には大きなマーケットになり得るという考え方です。

勝沼 布製の畳める浴槽「bathtope(パストープ)」にも、デザインのアイデアがかなり反映されているように感じます。

瀬戸 ユーザーや世の中が求めているものは何かということを、デザイン的視点から考えて生まれた製品ですね。このごろ、特に若年層であまり浴槽に漬からない人が増えてきています。例えば、週に3回、15分間湯船に漬かるとして、そのために浴槽の付いたバスルームは必要なのか、ということです。また、浴槽にお湯をためるには大量の水を使うため、環境負荷の面でも問題があります。

「bathtope」の浴槽は折り畳める布製で、バスルームとして使っていた空間の活用の可能性を広げられます。また、使うお湯も比較的少ない量で済みます。その上で、湯船に漬かってリラックスしたいというニーズを満たすこともできます。

勝沼 つまり、生活者の価値観の変化を前提に、浴槽の在り方そのものを問い直したということですね。

瀬戸 この製品のコンセプトは、いわば「浴槽の否定」です。従来の浴槽はLIXILにとって重要な製品ですから、自社のビジネスそのものの否定になりかねない製品です。しかし、そこに重要なポイントがあると私は思っています。

 メーカーにとって大きな課題の一つは、破壊的イノベーションへの本能的な「拒否反応」です。例えば、既存の素材を超える性能を持つ新素材が現れても、それを採用すれば現在の主力商品が売れなくなるかもしれない。結果として、革新の瞬間に立ちすくんでしまうのです。

 ただ、そのイノベーションもいずれ誰かがやるものだとしたら自分たちが先にやった方がいいじゃないか、というのがLIXILとして大事にしている考え方です。お風呂というものが本当になくなっていくんだとしたら、どういった形で私たちはこれから事業として取り組むべきなのか。「自分たちが今持っているもの」から発想するのではなく、「人々や社会にとって必要なこと」から発想する。それも一つのデザイン思考だと私は思っています。