未来を見据えたシステム変更に
理解を求めたオーナーシェフ

 この声に気づいたオーナーシェフの山田健一がキッチンから出てきた。健一は落ち着いた様子で白川のテーブルに近づいた。

「白川さん、いらっしゃいませ。お久しぶりです」。健一は穏やかな声で言った。「何かお困りのことがあるようですね」。

「健一さん、このモバイルオーダーというの、私たちには難しすぎるのよ。長年通っているのに、こんな扱いをされるなんて」。白川は訴えるように言った。

 健一は真面目な表情で応じた。「白川さん、長年のご愛顧、本当にありがとうございます。ただ、このシステム変更は、より多くのお客さまに良い料理をお手頃な価格で提供し続けるための決断なんです」。

「でも、年寄りのことは考えてないじゃない」。白川は言い返した。

「そんなことはありません」。健一は静かに、しかし毅然と答えた。「私たちはすべてのお客さまに快適に過ごしていただきたいと思っております。ただ、時代の変化に合わせて私たちも変わらなければ、このレストランを続けていくことができないんです」。

「それに、スマートフォンをお持ちの白川さんなら、少し慣れれば十分に使いこなせると思います。最初は翔太や美香がお手伝いしますから、ぜひご自身でトライしてみてください」

 白川は不満げな表情を崩さなかった。「あちらのテーブルの人たちは割引を受けているみたいだけど、どうして教えてくれないの?」。

「あれは当店のアプリ会員さまの特典です」。健一は説明した。「アプリをダウンロードして会員登録していただければ、白川さんにも同じ特典が適用されますよ」。

「そんな面倒なこと、できないわ」。白川はきっぱりと言った。「長年の常連なんだから、特別扱いしてくれてもいいじゃない」。

「こんな店には二度と来ない」
とうとう出ていった常連客

 健一は深呼吸して、優しくも明確に答えた。「白川さん、長年のご愛顧には本当に感謝しています。しかし、すべてのお客さまに同じルールで対応させていただくことが、公平なサービス提供につながると考えています」。

 白川の表情が険しくなり、声も大きくなった。「つまり、私たちのような年寄りは来るなということね?こんな扱いを受けるぐらいなら、もう来ないわよ」。