そもそも、なぜ自衛隊に
音楽隊が必要なのか?

 では、ここで冒頭の問いに応えよう。「なぜ自衛隊に音楽隊が必要なのか? オーケストラが代替してもいいのではないか?」。

 軍事技術は日進月歩で、10年もたてば戦争の形態は大きく変わる。いまや戦場の主役はドローンだが、10年前にその姿を予測した者はいなかった。ところが、軍隊と音楽との関係は古代から現在まで変わらない。そこに答えがある。

 ローマ帝国が軍楽隊を整備した紀元前1世紀頃、軍楽隊の役割は「通信」だった。兵士がぶつかり叫び合う戦場で、前進や後退、陣形変更など指揮官の命令を伝えるには人間の声では不可能。ゆえに金管楽器や打楽器を音響通信に使った。マーチの特徴である打楽器によるリズミカルな推進力は、進軍の速度を整えることが目的だった。

 その後、15世紀から17世紀にかけて欧州を蹂躙したオスマントルコ軍に、「メフテルハーネ」と呼ばれる軍楽隊が随行した。彼らは大量の打楽器を使い、地響きのような轟音(軍楽「メフテル」)を奏でながら行進し、敵には恐怖を、味方には強烈な高揚感を与えた。これが欧州の軍楽隊に取り入れられ、パーカッション・セクションに発展した。モーツアルトやベートーベンの「トルコ行進曲」もここから生まれた。

 つまり軍楽隊の役割は、通信から士気高揚など心理作用に移っていったと言える。それは先述した音楽隊の任務からもうかがえる。人と集団の心理をコントロールするという観点から、軍隊(自衛隊)に音楽は必要不可欠なのだ。軍事的な効果からは、大音響のマーチは兵士を興奮状態にして、死への恐怖を一時的に麻痺させる。加えて、全員が同じリズムを感じることで「個」の意識が薄れ、「集団」としての連帯感が極大化し、自己犠牲を厭わない心理状態を作りやすくなる。

 これが軍楽隊の本質的な存在理由である。だが、これに加えて、自衛隊の音楽隊は「癒し」を重視している。前述の音楽隊員は次のように語る。

「士気を鼓舞することは、もちろん重要です。しかし、私たちは音楽の力による癒しや再生に力を入れています。音楽療法に『同質の原則』という法則があります。悲しい時に明るい曲を聴くのは逆効果で、悲しい時に悲しい曲を聴くことで心が落ち着くと言えばわかりやすいでしょう。

 自分の感情とテンポや調子があった音楽を聴くことで、共感が生まれ、カタルシス(浄化)効果によって心が落ち着きます。その後、徐々に明るい曲に移って、前向きな心を取り戻してもらうのです」