日本の商機は
テールサイドにあり
日本ではイノベーションが起こりにくく経済成長も足踏みを続ける中で、北野さんが商機ありと着目されているのが、「ロングテール市場」です。いわゆるニッチ産業を指し、工芸品などの伝統産業が挙げられます。なぜロングテール市場に着目し、どこに商機があるのか、詳しく教えてください。
まず、すべての産業に通底する前提として、これからAIが人間の能力を凌駕していくのは間違いない、ということです。巨大な資本、莫大なデータと計算量を基盤に、AIシステムの進化は止まりません。今後はロボティクスがさらに進化し、AIの研究開発が加速していきます。その急先鋒であるイーロン・マスク氏が語る「サステナブル・アバンダンシー」(AIとロボットが経済を回し、人間にとって労働がオプションになる世界)は一定のリアリティを帯びてきましたし、事実、AIで代替できる業務は今後どんどん増えていくことでしょう。
こうした潮流は、大企業におけるオペレーション型の業務やホワイトカラーの仕事だけに限らず、ベンチャーやスタートアップなどにも及んでいます。AIを組み込むことで、従業員を雇わず、事業の立ち上げから実行、日々の経営までのすべてを一人の起業家が担い、高い生産性を生み出す「ソロ・アントレプレナー」型の企業が増えています。ランニングコストが低いため、資金調達もエンジェルラウンドかシードで十分で、シリーズA・Bを踏まずにエグジットするといったケースがすでに出始めており、これから増えていくことが予想されます。
では、そんな社会で人間は何をやるのか。注目すべきなのが、「テールサイド」です。日本の全産業を、縦軸に産業規模、横軸にランキングを取ってグラフ化し、産業規模順に左から並べると、右肩下がりの冪乗曲線、いわゆるロングテールが描かれます。つまり、少数の大規模産業と多くの中小規模の産業がここに並んでいるわけです。この数多くの小規模産業の部分がグラフでは尻尾のように見えるので、テールサイドと呼ばれています。テールサイドとは、それほど規模が大きくない産業群だと考えていただいてよいでしょう。
このテールサイド産業は、文脈や身体性、土着性、歴史性が強く作用する分野に多く見られます。たとえば伝統産業(陶器、テキスタイル、酒、食など)が挙げられます。この分野は、AIが不得意な領域でもあります。
実は、日本にはこのテールサイド産業が多いことが、私がロングテール市場に着目する理由でもあります。日本には、ニッチな市場に特化した中小企業が多い=テールサイド産業が多いからこそ、ここをてこ入れすることで日本経済全体の底上げになるのです。
テールサイドでイノベーションを起こした好事例としては、グローバルなテキスタイルメゾンへと進化した京都の西陣織ブランド「HOSOO」があります。従来32センチ幅だった西陣織を、世界のテキスタイルの標準幅である150センチで織れる織機を開発したことで、家具やカーテン、壁紙といったインテリア製品、ショールやバッグなどのファッションアイテム、絵画や彫刻などのアート作品に至るまで、幅広い用途で使われるようになりました。その高い芸術性と機能性は世界から評価され、ブルガリやディオールなどのファッションブランドから、リッツ・カールトンなどの一流ホテルまで、世界的なラグジュアリーブランドからのオファーが次々と舞い込むようになります。さらには、今年(2025年)10月に閉幕した大阪・関西万博の企業パビリオンの外装にも使われました。これはまさにテールサイド産業の再定義であり、イノベーションです。
北野さんが教授を務めている沖縄科学技術大学院大学(OIST)では、沖縄の伝統工芸品「芭蕉布」の活性化プロジェクトに取り組まれていますね。
OISTの教授で、芭蕉布の研究をしている人がいます。芭蕉布は猛暑を乗り切るための先人たちの知恵が埋め込まれた織物であり、その用途拡大および量産化に向けた研究とプロジェクトです。こうしたテールサイド産業は手仕事が中心で、高度な機械化や自動化が難しい領域とされていました。そこで私は、「テールサイドをテクノロジーで拡張する」という発想を持ち込み、価値の飛躍に挑戦できないかと考えています。
ただし、テクノロジーと言っても、AIなどの最先端デジタル技術だけではなく、もっと広義にとらえる必要があります。①技術としてのテクノロジー(素材や生産工程の革新など)、②経営のテクノロジー(資本政策の見直しやサプライチェーンの再設計など)、③ブランディングのテクノロジー(コミュニケーション、顧客体験価値の創造、プライシングやマーケティングの再考など)という「広義のテクノロジー」を組み合わせることで、ビジネスモデルの再定義と市場の拡張ができると見ています。ここで重要なのは、価値の再定義によって売上げと利益を拡大することです。その後に、AIやロボットなどのテクノロジーが意味を成します。
こうしたテクノロジー活用による新たな試みがテールサイド産業でもっと実装されていけば、ロングテール市場の経済規模が大きくなり、日本の景色が変わるはずです。仮に、日本のGDP約600兆円のうちテールサイドの割合が3分の1だとすれば、そこを2倍にするとGDPは800兆円に膨らみます。成長の余地があり、日本の商機になりえるのが、伝統産業を中心としたロングテール市場なのです。
伝統産業が持つ
「物語」が価値を生む
テールサイド産業の中で、特に伝統産業に商機があると考える理由はどこにあるのでしょうか。
伝統は「お金で買えないもの」であり、そこには「物語」があります。歴史やテロワール(その土地固有のもの)などが織り成すストーリーに、世界の人々はお金を払いに来る。日本のインバウンドの盛況がまさにそれを証明しています。モノやコトにまつわる物語があるかないかで、価格や付加価値は大きく変わってくるのです。
これを実践している企業がヨーロッパにあります。モエ ヘネシー・ルイ ヴィトン(LVMH)です。傘下にある一つひとつのメゾンは小さいながらも歴史やテロワールが織り成す物語が存在し、それらがLVMHという一つのプラットフォームになることでグループ全体の価値をさらに高めている。いまや時価総額が約3600億ドル(約54兆円)規模に拡張しています。
実は、LVMHは私が1997年に創設した完全自律型ロボットによるサッカーリーグ「ロボカップ」の「ヒューマノイドリーグ」初代スポンサーでもあるのですが、それをきっかけに交流をする中で、当時のCEOだった故イヴ・カルセル氏から、独自の経営理念を含めて実に多くのことを教わりました。日本にも、こうしたグローバルなメゾンをつくれないかと本気で考えています。そこでは、Tradition(歴史と伝統)、Terroir(土着性)、Technology(広義のテクノロジー)の3つのTが重要であり、それが「偉大な物語」を生み出すのです。
物語は、人に「感動」という体験を提供します。ディズニーランドにリピーターが多いのも、その場所でしか得られない物語による感動があるからです。「理解」という体験は一度できたら満足しますが、「感動」という体験は何度味わってもいい。その点であらためて考えてみると、感動を軸にした経営を掲げるソニーグループは、いまや「物語の会社」であるといえるかもしれません。
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