チームの運営の基本は
インスピレーション・ドリブン
ソニーCSLには個性あふれるプロフェッショナルが集まっていますが、北野さんはそうしたチームメンバーをどのようにマネジメントをされているのですか。
研究員は皆、各分野のトップクラス人材ですから、当然ですが、指導や介入といったマイクロマネジメントはしません。ただし、若手の研究員には、私の経験値に基づくメンタリングをするようにしています。
そのうえで私のチーム運営の基本は、「インスピレーション・ドリブン」です。未来へのイマジネーションを突き詰めて大きな物語を構築し、そこからそれぞれが自分の研究の新たな方向性を見出していく。そのきっかけは好奇心でもよいし、使命感でもよいでしょう。同じような価値観や発想の人ばかりだとどうしても見える景色が狭まりますが、当社にはエッジの効いた異なる視点を持つプロフェッショナルが集まっているので、そんな心配はいりません。また各研究者は外とのつながりが豊富なので、社内に閉じることなく、あちこちで議論しています。多様なバックグラウンドを持った個性あふれるメンバーが互いの知見や経験値を共有することで、その場でさまざまなインスピレーションが生まれる。それが新たな展開も生み出すのです。
モチベーションに問題がある人はいないどころか、むしろエネルギーがありすぎて、「ちょっと落ち着こうか」と諫めたくなる人のほうが多いくらいです(笑)。メンバーの数も、研究員とスタッフを合わせて50~70人ぐらいがちょうどいいと思っています。トップである私が、全員の顔が見え、それぞれが何をしているかを把握できるサイズです。数百人規模になると、どうしてもヒエラルキーやサイロ化が起こり、見えなくなる部分が出てきてしまう。そうならないようにあえて組織を小さく保ちながら、4つの拠点をフットワーク軽く行き来できるようにしています。
ソニーCSLの組織運営において、一般の企業でも取り入れられる知恵や方法があれば、ご教示いただけませんか。
そもそも、我々が特別なことをしているとは全然思っていないのですよ。「当たり前のこと」をロジカルにやっているだけです。There is No Magic!です。小さな研究所ですから、最初から「人」を中心に据え、役割を「ゼロイチ」に絞っている。ゼロイチのR&D組織ゆえに、必要な人材要件もおのずと決まります。まずは、魅力的なコンセプトをつくり、外に出て仲間をつくれる人。そして、仕組みをつくれる人。さらに、影響力を生み出せる人。これらはけっして感覚論ではなく、小さな組織であるゆえのサイズ制約からの必然です。小さな組織で世界規模の課題解決を成し遂げるためには、これが最も筋の通った打ち手であり、「当たり前のこと=やるべきこと」をやっているだけです。
多くの企業でも同じことができるのかという問いには、「できない理由はありません」と答えます。組織のサイズやミッションに合った「やるべきこと」をやれているか。もしうまくいっていないならば、それができていないだけではないか。私はそう思います。
加えて、R&D組織を考えるうえで重要なのは、基礎研究・技術開発・イノベーションを混同しないことです。基礎研究は探索的であるがゆえに、人依存にならざるをえない。対して技術開発は価値実装志向で、エンジニアだけでなく、リーガルやマーケティングなども巻き込んだ総力戦です。一方、イノベーションは基礎研究以上に属人的で、しばしば個人の原体験や情熱が発火点になります。
このように、基礎研究・技術開発・イノベーションは目的もKPIも人材要件もリズムもまったく違うにもかかわらず、R&D組織だからと一くくりにして、やるべきことの解像度が高くない、むしろそれが見えない企業が多いように思います。そうならないためには、自分たちのやるべきことを定義し、それに合わせた組織を設計する必要があるのです。
その点で言えば、我々ソニーCSLと、2020年に私が新たに立ち上げたソニーAIは、同じR&D組織ではあっても、サイズもミッションもタスクも大きく異なります。ソニーAIは、ソニーグループが持つ多岐にわたる事業領域に最新のAI技術を掛け合わせることで、既存事業の価値を高めるとともに新たな事業分野を生み出すことを目指しています。それゆえグループ内の関連事業部門としっかり連携した組織になっていますし、メンバーの数もソニーCSLよりも1桁多い。ミッションに合わせて組織の形は変わるし、やるべきことも変わる。ベストプラクティスは、一つではないのです。
属人性の価値を
いかに高めるか
ソニーCSLは「属人性の価値」をとても重視しているように見えます。一方、多くの大企業では汎用性や効率性などが重視されがちで、属人性とは相反しています。そう考えると、大企業がイノベーションを追求すること自体に根本的な矛盾があるように思います。
大量生産や効率を追求する組織は、分業や標準化されたプロセスをつくり、誰がやっても同じ品質を再現できるようにする必要があります。世界最大のハンバーガーチェーンのような企業がその典型ですが、それはそれで極めて優れたモデルです。
一方、我々がやっていることは、まったく逆です。繰り返しますが、ソニーCSLはゼロイチを追求する組織であって、量は追求していない。また、先ほど、基礎研究以上にイノベーションは属人的だと申し上げたように、原体験や情熱を持つ「人」が欠かせない。それゆえ、属人性の価値をいかに高めるかに重点を置いています。
イーロン・マスク氏、スティーブ・ジョブズ氏、孫正義氏といった世界的なイノベーターたちは、たいてい厳しい逆境や理不尽を経験しています。むしろそうした困難な状況を燃料にできる人でないと、本当のイノベーションは起こせないのかもしれません。汎用性や効率性、安定性などを求める大きな組織の中では、彼らが持つ狂気にも似たエネルギーは排除されてしまいがちです。ソニーCSLがあえて小さな組織を保ち、属人性の価値を重視しているのは、そうしたイノベーターたちが集まり、属人性を大いに発揮してもらいたいからでもあります。
ちなみに、日本ではイノベーションが起きにくいとよくいわれます。それはある意味で正しいと思います。私が海外から帰国するたびに思うのは、やはり日本は食べ物がおいしいし、サービスクオリティも極めて高く、夜中に街を歩けるぐらい安全で幸せな国だということです。貧富の差も他国に比べれば小さい。これほど安心で快適な社会では、何かを変えたいという強烈な動機が生まれにくいように思います。
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