世界を変える
プロジェクトを生み出す
惑星規模の課題解決を目指し、具体的にどのような研究やプロジェクトが進行しているのでしょうか。
一つが、舩橋真俊研究員による「Synecoculture」(協生農法)です。拡張生態系という概念の下、生物多様性を取り戻す観点から農業をとらえ直そうとしています。多様な植物が共存しながら育つ生態系を人為的にデザインすることで、食料生産と環境再生を同時に進めるプロジェクトです。砂漠化が進むアフリカのブルキナファソで行われた実証実験では、荒廃した農地を1年で食用植物があふれる緑地に変えた実績があります。また日本国内でも、六本木ヒルズけやき坂コンプレックスの屋上庭園に数百種に上る植物種を配置し、都市における拡張生態系の可能性を調査していました。
もう一つ、古屋晋一研究員による「国際基準の芸術教育」も紹介しましょう。世界的ピアニストチームの協力の下、最先端テクノロジーを用いて、音楽教育を根本的に変えようという試みです。彼が開発した指に装着する高精度センシングシステムによって、身体運動学や神経科学の知見に基づいた効率的かつ適切な身体の使い方や練習法を学ぶことができる音楽教育カリキュラムを展開しています。
また、笠原俊一研究員が沖縄科学技術大学院大学にて「Cybernetic Humanity Studio」を開き、人とコンピュータの融合によって生み出される〝新たな人間性〟に着目して、コンピュータ科学と人間科学の両側面からのアプローチを試みる研究を進めています。
このほかにも、熱量の高い研究員がそれぞれの領域で多様な研究テーマに取り組んでいます。こうした研究群から、世界を変えるプロジェクトが生まれ、惑星規模の課題解決を実現したいと思っています。
ちなみに、担当する研究員が退職した場合、誰かがその研究を引き継ぐことはありますか。
それはありません。「誰かに引き継ぐ」という発想自体がないのです。なぜならソニーCSLの研究はすべて、「余人をもって代えがたい人」がやるものだからです。研究は人に始まり、人とともに終わると言ってもいい。退職した研究員は、新しい場所で、さらにその研究を発展させていくと思います。
そもそも、おのおのの研究は、その研究員自身の思想や哲学、感性、経験からしか生まれない研究ばかりです。誰かの真似事ではなく、自分の頭で考えて生み出し、手足を動かして汗をかく。種を蒔いた人がみずからフルパワーを投入し、拡散させていく。研究員一人ひとりが、自分がやりたいこと、やるべきことに従って研究する。たった一人でも、世界を変えてやろうという気概を持った猛者たちが集まってくる。それがソニーCSLというラボのあり方だと思っています。
仲間と仕組みを
つくれる人材がカギ
貴社で生まれた研究成果を、外部を巻き込みながら成長、循環させていくプロセスは、多くの企業が取り組むオープンイノベーションの文脈において極めて有効です。こうした「ハーベストループ」を築ける人材には、どんな特徴や条件があると思われますか。
まず大事なのは、明確で魅力的なミッションを掲げることです。また、それを掲げる研究員自身が、オープンマインドでコミュニケーション能力が高く、「仲間をつくれる人」であるか。そのうえで最も重要なのは、「仕組みもつくれる人」であるかどうかです。理想を語りながらも現実的に動き、プロジェクトを一定程度の形にできる力が求められます。なぜなら、どんなに仲間が増えても、仕組みがなければ組織は自律的に動かず、活動も広がらないからです。
もう一つ挙げるなら、「運のいい人」でしょうか。なぜか私自身も「強運ですね」と言われることが時々あるのですが、運のよさは単なる棚ぼたでは生まれません。その背後には、マインドセットと能力があると思います。実は、ジム・コリンズ氏の著書『ビジョナリー・カンパニー④ 自分の意志で偉大になる』(日経BP、2012年)でも、これが検証されています。その「第7章 運の利益率」では、予測不可能な破壊的イベント(運イベント)が起きた時に、そこで駄目になる会社と、それをてこに飛躍できる会社の違いはどこにあるのかを事例研究しています。偉大な会社は、複数の運イベントから、最大の経営上の恩恵、高い運の利益率(ROL:return on luck)を引き出すことができる会社であり、著者はそれを「10X型リーダシップ」だとしました。まさにこれは、経営者のマインドセットと能力に依存します。同じ危機に直面しても、それをチャンスととらえるマインドセットを持ち、実際にピンチをチャンスに変えられる能力があるか。また、大きなチャンスに対し、いかに最大の効果をパラノイア的に引き出しているか。これらを多くの事例で検証しています。
何かが起きたのは「事実」であり、それがピンチとなるかチャンスとなるかは「解釈」の問題で、さらにはそこから最大の利益率を生み出せるかどうかは、マインドセットと能力の問題です。それらの根底にある最も重要な「運」は、よきパートナーやチーム、よき理解者を得られるかに尽きると思います。
ちなみにパナソニック創業者の松下幸之助氏は、採用面接の最後に「あんさんは、運がよろしいですか」と必ず聞いていたそうです。「運が悪い」と答えた人はどんなに優秀でも不採用にしていたという逸話があります。
実は私も、毎回ではないのですが、採用面接の席で「自分は運のいい人間だと思うか」と聞くことがあります。実際にソニーCSLには、著書『IKIGAI』(新潮社、2018年)がいま海外でベストセラーになっている茂木健一郎をはじめ、ポジティブなマインドセットを持った運のいい研究者が多い気がしますね。
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