小説「昭和の女帝」のリアル版 辻トシ子の真実#1池田勇人首相と、池田内閣誕生を祝う辻トシ子。東京・赤坂プリンスホテルで開催された祝勝会で(1960年7月撮影)

かつて「保守本流の女帝」といわれたフィクサーがいた。32歳で大物政治家の秘書となり、吉田政権下の与党・自由党の重鎮7人による幹部会に出席を許され、池田勇人、佐藤栄作といった歴代首相と対等に渡り合った。その名は辻トシ子。自民党の名門派閥、宏池会の陰の権力者となり、自民党総裁選の結果をも左右した。『昭和の女帝 小説・フィクサーたちの群像』のモデルである女性の謎に迫る、特集『小説「昭和の女帝」のリアル版 辻トシ子の真実』の#1では、政財界の潤滑油として暗躍した彼女の力の源泉に迫った。(ダイヤモンド編集部副編集長 千本木啓文)

政財界のエリート1000人を集めるパーティーで
宮澤は「女王陛下」、小沢は「辻師団長」と“女帝”を礼賛

 東京のホテルオークラの会場には、派閥の首領が主催するパーティーかと見まがうほど、政界、官界の重鎮が集い、豪華な料理が並んでいた。主催者に挨拶するため、30メートル以上の行列ができている。列を成しているのは、元首相、財務省幹部、大企業の重役たち――。皆、一人の女性を賛美するためにはせ参じている。

 檀上に立った大物政治家たちはスピーチの中で、パーティーの主役の女性を「私たちの女王陛下」(宮澤喜一)、「平成の怪物」(村山富市)、「辻師団長」(小沢一郎)といった表現で称える。

 彼女に話し掛ける際は、岸田文雄、野田佳彦といった首相経験者であっても「辻先生」と呼ぶ。なぜ、一介の民間人に、永田町や霞が関の大物たちがそこまで気を遣うのか。

 パーティーの主役は、辻トシ子という元衆院議員の秘書だ。三十六(さとろう)会なるコンサルタント会社の代表を務めている。ホテルオークラの「平安の間」で開催される、三十六会の設立25周年や40周年、50周年などのパーティーの参加者は、多い時で1000人に上った。

 その集客力は、彼女が50年以上にわたって永田町、霞が関に君臨し、築いてきた人脈があってこそだ。

 藤原歌劇団の女優などをしていた辻トシ子は、32歳のとき衆院議員の公設秘書になった。永田町で働き始めた1951年当時、総理の座にあったのは吉田茂だった。

 彼女は当時から、ただの一秘書ではなかった。吉田内閣当時、自由党幹部7人が集まる会合に、秘書として唯一、同席を許される特別な存在だったのだ。その後も、岸信介内閣では日本初の副総理秘書官として首相官邸で勤務し、第3次岸内閣では、閣僚人事に助言するまでになっていた。

藤原歌劇団の女優として活躍した頃の辻トシ子藤原歌劇団の女優だった頃の辻トシ子。オペラ歌手を目指した。コーラスグループ「ヴォーカル・フォア」にも所属していた
岸内閣で日本で初となる女性副総理秘書官となった辻トシ子(中央)と副総理の益谷秀次(中央左)。それ以外の男性は秘書官ら官邸スタッフ。女性は辻だけである岸内閣で日本で初となる女性副総理秘書官となった辻トシ子(中央)と副総理の益谷秀次(中央左)。それ以外の男性は秘書官ら官邸スタッフ。女性は辻だけである

 岸首相の後を襲った池田勇人首相とは、男同士なら「おい」「お前」と呼び合う対等な関係。続く佐藤栄作を呼ぶときは「英ちゃん」、海部俊樹は「としきちゃん」、宮澤は「きーちゃん」といった具合だった。

 彼女の弟分だった藤井裕久元財務相は筆者の取材に対し、「私は(大蔵省職員だった当時)佐藤政権の竹下登(官房長官)の秘書官をやっていた。そのとき辻さんは(首相の)佐藤さんと同等(の扱い)でした。竹下さんは、(辻の前では)直立不動でした」と語った(詳細は本特集の#7『「昭和の女帝」辻トシ子は佐藤栄作首相と同格、彼女を前にした竹下登官房長官は“直立不動”だった!藤井元財相が明かした永田町「真の序列」』〈12月17日(水)配信予定〉参照)。

 辻トシ子は、自民党の名門派閥、宏池会の陰の権力者となり、米国や財界からの資金調達や、派閥間の利害調整で暗躍した。最後の宏池会会長となった岸田文雄に「宏池会が政権を取りにいく際、他の派閥とやりとりする中で、辻さんの存在、人脈、活躍は大きな意味があった」と言わしめるほどの存在感を放っていた(詳細は本特集の#4『岸田元首相が激白「辻トシ子さんは、宏池会が政権を取りにいくとき大活躍した!」池田、大平、宮澤政権発足の裏で暗躍した女性フィクサーの実像とは』〈12月10日(水) 配信予定〉参照)。


 

『昭和の女帝』書影

昭和の女帝
小説・フィクサーたちの群像

千本木啓文著

<内容紹介>
自民党の“裏面史”を初めて明かす!歴代政権の裏で絶大な影響力を誇った女性フィクサー。ホステスから政治家秘書に転じ、米CIAと通じて財務省や経産省を操った。日本自由党(自民党の前身)の結党資金を提供した「政界の黒幕」の娘を名乗ったが、その出自には秘密があった。政敵・庶民宰相との壮絶な権力闘争の行方は?

吉田茂、池田勇人、佐藤栄作らの内閣を支え、宏池会の陰の権力者として政局を動かした「昭和の女帝」…舞台女優が永田町で成り上がれた秘密吉田茂、池田勇人、佐藤栄作らの内閣を支え、宏池会の陰の権力者として政局を動かした「昭和の女帝」…舞台女優が永田町で成り上がれた秘密吉田茂、池田勇人、佐藤栄作らの内閣を支え、宏池会の陰の権力者として政局を動かした「昭和の女帝」…舞台女優が永田町で成り上がれた秘密吉田茂、池田勇人、佐藤栄作らの内閣を支え、宏池会の陰の権力者として政局を動かした「昭和の女帝」…舞台女優が永田町で成り上がれた秘密
『昭和の女帝』ドキュメンタリー動画