首相の佐藤栄作に耳打ちする辻トシ子。彼女は、佐藤派の中で、田中角栄のほうが佐藤よりも所属議員の人望を集めつつあると警告していた
「昭和の女帝」辻トシ子は30代の駆け出し秘書の頃から、吉田政権下の与党・自由党の重鎮7人による幹部会に秘書として唯一、出席を許されたり、1955年の保守合同に向け、吉田茂と鳩山一郎が最終的に合意する場に同席したりと、永田町において特異な存在だった。その後も、岸信介内閣では日本初の女性副総理秘書官、池田勇人内閣では自民党幹事長秘書といったように権力の階段を上っていく。『昭和の女帝 小説・フィクサーたちの群像』のモデルである女性の謎に迫る、特集『小説「昭和の女帝」のリアル版 辻トシ子の真実』の#10では、彼女がとんとん拍子に出世できた理由を明らかにする。(ダイヤモンド編集部副編集長 千本木啓文)
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女性フィクサー、辻トシ子は1918年2月13日、東京で生まれた。
彼女は1951年、32歳のときに自由党の党人御三家の一人、益谷秀次の公設秘書になるのだが、それまでの30年余りには謎が多い。
ノンフィクション作家の石井妙子が辻トシ子にインタビューした連載『忘れえぬ女(ひと)たち』(文藝春秋「本の話」所収)によれば、幼少期は大変なお転婆だったという。本人が、「竹馬だとか男の子のやる遊びにしか興味がなくてね。だから友達は全員、男の子だった。男の子を引き連れて遊んでた」「野球が珍しかった時代に、野球チームをこしらえてみたり」などと語っている。
4歳から三味線を習い、かなりの腕前に達していたという意外な一面もあった。前出の連載では、「実は小さな頃から唄が大好きだった。祖母が父に内緒で長唄を習わせてくれてね。でも、ある日、父にばれて三味線を真っ二つに折られてしまった。『こんなものをやって、お前は芸者にでもなるつもりかっ』と怒鳴られた」というエピソードを披露している。
青春時代は、地下鉄ストアの売り場や経理部門で働いたり、日本初のオペラ団体、藤原歌劇団の女優として芸能の世界に身を置いたりしていた。“良家”の女性が仕事をすることが一般的ではなかった昭和初期、政界の黒幕として君臨していた辻嘉六の娘としては違和感のある職業だ。辻トシ子が石井に語ったところによれば「幸せな家庭婦人になって欲しいというのが、父の願い」で、洋裁、和裁、料理などを仕込まれたという。劇団員になったのは、辻嘉六の古風な教育方針に対する反発もあったのかもしれない。
政治家の秘書になる経緯はこうだ。父、辻嘉六の三回忌の宴席で、辻邸の書生だった衆院議員、益谷から「私の秘書になりませんか」と誘われた。その場にいた林譲治(当時は副総理)から「うん、それはいいや、是非、おやりなさいよ」と賛同を得たのだという。
酒の席での話だったこともあり、辻トシ子は本気にしていなかったが、翌朝、林が差し向けた車が家まで迎えに来てしまった。彼女を乗せた車が向かった先は自由党党本部だった。
林と益谷はいずれも、副総理や衆院議長、与党の幹事長(林が自由党、益谷が自民党)を務めた大物だ。林は吉田茂内閣で内閣書記官長(後に内閣官房長官に改称)を務めていた当時、毎朝、首相官邸に向かう途中で辻邸に寄り、記者会見で話すことを報告していたほど辻嘉六に近い政治家だった。
彼女が秘書になる経緯について、父が辻嘉六の主治医だった縁で辻トシ子の弟分となった元財務相の藤井裕久は次のように語った。
「益谷、林に推されて秘書になっているから背景が全然違った。やっぱり辻嘉六の後光が差していた」
実は、辻トシ子も、永田町で働くことに対して、まんざらでもなかったと考えられる。その理由の一つは、夫との関係が上手くいっていなかったからだ。彼女が結婚したのは1943年、25歳でのことだった。相手は浅草でデパートを経営する一家の三男。古風な家柄だったこともあって姑からの嫁への指導は厳しく、彼女とは合わなかった。石井の連載によれば、辻トシ子が夫の不倫を疑ったことも破局の要因になったようだ(彼女の結婚に、児玉誉士夫が深く関わったという証言がある。詳細は本特集の#16『戦後最大のフィクサー、児玉誉士夫と「昭和の女帝」辻トシ子は裏でつながっていた!?米情報機関の工作員だった日系2世がつなぐ地下人脈』〈2月1日(日)配信予定〉参照)。
辻トシ子は「(秘書になる際は)一応、家庭の奥様だった。けれど主人には一切、相談しないで決めてしまったわ。当時、もう夫婦関係は冷え切っていて、離婚しようかと悩んでいたところだったもの」と語っていた。実際、公設秘書になった翌年の1952年に離婚が成立している。
永田町で働き始めた当初から、辻トシ子は、与党・自由党の重鎮7人が集まる幹部会に秘書として唯一、出席を許されるなど、特異な存在だった。次ページでは彼女が政界で、特別待遇を受けていた理由を明らかにする。辻トシ子は父、辻嘉六から政治的な遺産を継承していたが、それだけではなく、持ち前の度胸や口の固さなども評価されていたようだ。
昭和の女帝
小説・フィクサーたちの群像
千本木啓文著
<内容紹介>
自民党の“裏面史”を初めて明かす!歴代政権の裏で絶大な影響力を誇った女性フィクサー。ホステスから政治家秘書に転じ、米CIAと通じて財務省や経産省を操った。日本自由党(自民党の前身)の結党資金を提供した「政界の黒幕」の娘を名乗ったが、その出自には秘密があった。政敵・庶民宰相との壮絶な権力闘争の行方は?













