小説「昭和の女帝」のリアル版 辻トシ子の真実#8政界の黒幕といわれた辻嘉六(左)と、戦後最大のフィクサーと呼ばれた児玉誉士夫

自由民主党の前身である日本自由党の結党資金は、硝煙と血の臭いが染み込んだ闇のカネで賄われていた。資金の出所は、海軍のために戦略物資を調達する中で巨利を得た児玉誉士夫だ。しかし、戦争成金にすぎなかった児玉が、同党代表の鳩山一郎に直接カネを渡そうとしても、受け取ってもらえなかっただろう。両者を仲介したのが、『昭和の女帝 小説・フィクサーたちの群像』のモデルである辻トシ子の父、辻嘉六だった。特集『小説「昭和の女帝」のリアル版 辻トシ子の真実』の#8では、戦後の保守政治を支えた闇の資金の謎に迫る。(ダイヤモンド編集部副編集長 千本木啓文)

右翼の大立者・児玉誉士夫を金づるにして
戦後の保守政治家を「培養」した辻嘉六

「政界最大の黒幕」といわれた辻嘉六は、日露戦争での諜報などで活躍して陸軍首脳との人脈を築き、中国大陸における利権を獲得した。大陸で複数の鉱山や大規模な製材所を経営する政商として財を成し、日本の政界、とりわけ政友会において発言権を増していた(詳細は本特集の#5『「昭和の女帝」の父で“政界最大の黒幕”と呼ばれた辻嘉六…自民党のゴッドファザーとなった最後の“大陸浪人”のカネとオンナ』参照)。

 だが、中国での対日感情が悪化し、1937年に日中戦争が始まると、大陸で従来通り稼ぐことが難しくなっていく。

 資金面で辻嘉六が頼りにしたのは、後に「戦後最大のフィクサー」と呼ばれる右翼青年、児玉誉士夫だった。戦時中、中国上海を拠点に、日本海軍のために戦略物資を調達する児玉機関を運営し巨利を得た戦争成金である。

 児玉の自伝『悪政・銃声・乱世』には、出会った頃の辻嘉六について「当時の辻さんは経済的にもあまりめぐまれていなかったように覚えている」との記述がある。実際に、辻嘉六が児玉を訪れ、カネの無心をしたこともあった。

 辻嘉六は児玉に「自由主義の政党人で、軍部からにらまれ、食うや食わずでいる人間がおる。鳩山一郎、三木武吉だ。二人ともえらいやつだ。この面倒を、わしは見とるんだ。なんとか考えてくれ」と資金援助を頼んだという。

 当時、軍閥を批判していた児玉にとって、政党と結託して利益を上げていた政商や、腐敗した政治家は怨嗟の対象だった。辻嘉六や政党政治の中心にいた鳩山らに不信感を持っていてもおかしくはなかった。

 しかし、児玉は辻嘉六の申し出を断れなかった。その理由の一つが、右翼運動における児玉の大先輩、岩田富美夫から辻嘉六を紹介された経緯があることだ。岩田は「辻という人はなかなかの傑物だ。きみも、そのことをよくふくんでおいて欲しい」と言って両者をつないだ。

 児玉によれば、太平洋戦争の終戦までに辻嘉六に提供した資金は100万円に上ったという。現在の貨幣価値にすると5億6000万円ほどだ(大卒の国家公務員の初任給の倍率をベースに算出)。1942年の衆院選(通称「翼賛選挙」)で、鳩山や三木は、翼賛政治体制協議会から推薦を受けない反東條英機の候補者として出馬し、当選している。彼らの後ろ盾となったのが辻嘉六で、その資金を提供していたのが児玉だったとみられる。

 児玉は前出の自伝に、次のように書き残している。

「政界の“黒幕”的な存在である辻さんは、独断専行になりがちな政府与党にたいする気付けグスリとして、あるいは解毒剤としての一つの勢力を、ひそかに培養し、育成しようとはかったかに思えた。そんなわけで、以心伝心というか、言わず語らずのうち、このひとの心底を読み取ったじぶんは、政治資金の申し入れにたいして、快く応諾したわけであった。これが動機となり、その後もたびたび相談にみえたが、その多くは金銭にかんしたことで、じぶんもその都度、できるだけのことはしたつもりであった」

 反東條(非推薦候補)の政治家らを支援していることが軍部に見つかると睨まれるので、児玉は、密かに本土にカネを届けていた。国営の航空会社、大日本航空によって“密輸”させていたのだ。

 だが、戦時中の政治家への援助は、終戦後に政党政治を復活させるまでの“つなぎ”にすぎなかった。

 1945年に日本が無条件降伏した後、辻嘉六の政界工作は本格化する。終戦直後に動かせるカネを持っていた日本人は、戦争成金と闇屋ぐらいだった。昭和初期までは「政友は三井、民政は三菱」といわれたように政党ごとにスポンサーが付いていたが、財閥はGHQによって解体されつつあり、厳しい監視下に置かれていた。

 辻嘉六と児玉による政界工作は、海軍への仁義を切ることから始まる。児玉が大陸で巨利を得ることができたのは、海軍航空本部のためにタングステンなどの戦略物資を調達する、という大義名分があってこそだったからだ。

 彼は児玉機関の部下らに作らせた資産の目録を、退任直前の海相、米内光政大将の元に持参し、その取り扱いについて相談する。

 興味深いのは、児玉が1961年に出版した同自伝と、1975年に公開されたジャーナリストの大森実によるインタビュー記事で、資金提供について、相矛盾することを述べている点だ。次ページでは、児玉が、巨額のカネを日本自由党の結党資金として鳩山に提供することになった具体的な経緯や、児玉機関の内部で、同資金の提供に反対論があったこと、吉田茂内閣発足のために辻嘉六が果たした役割などを明らかにする。


 

『昭和の女帝』書影

昭和の女帝
小説・フィクサーたちの群像

千本木啓文著

<内容紹介>
自民党の“裏面史”を初めて明かす!歴代政権の裏で絶大な影響力を誇った女性フィクサー。ホステスから政治家秘書に転じ、米CIAと通じて財務省や経産省を操った。日本自由党(自民党の前身)の結党資金を提供した「政界の黒幕」の娘を名乗ったが、その出自には秘密があった。政敵・庶民宰相との壮絶な権力闘争の行方は?

自民党の前身・日本自由党の結党資金390億円を提供…「政界の黒幕」辻嘉六と児玉誉士夫による秘密工作の全貌自民党の前身・日本自由党の結党資金390億円を提供…「政界の黒幕」辻嘉六と児玉誉士夫による秘密工作の全貌自民党の前身・日本自由党の結党資金390億円を提供…「政界の黒幕」辻嘉六と児玉誉士夫による秘密工作の全貌自民党の前身・日本自由党の結党資金390億円を提供…「政界の黒幕」辻嘉六と児玉誉士夫による秘密工作の全貌
『昭和の女帝』ドキュメンタリー動画