麻雀に興じる辻トシ子。相手は、住友銀行(現三井住友銀行)元会長の磯田一郎(左端)や元財務官の大場智満(左から3番目)、日本たばこ産業元社長の水野繁(右端)など財界官界の大物たちだ(1982年11月17日撮影)
「昭和の女帝」辻トシ子は、有力な政治家や中央省庁の幹部を影響下に置くだけでなく、財界をも動かすことができた。天下りした子飼いの元官僚らを通じて、大企業をコントロールしていたのだ。補助金や規制といった利権に群がる企業と彼女はどのように付き合っていたのだろうか。『昭和の女帝 小説・フィクサーたちの群像』のモデルである女性の謎に迫る、特集『小説「昭和の女帝」のリアル版 辻トシ子の真実』の#16では、辻トシ子の企業への影響力を示すあまたのエピソードを明らかにする。(ダイヤモンド編集部副編集長 千本木啓文)
小林中や中山素平など金融界のドンを動かす
フィクサーとして暗躍した辻トシ子の実力
「“奥沢”の辻から電話があったと伝えてください」
これは、女性フィクサー、辻トシ子が大企業の幹部に電話したときに折り返しを求めるセリフだ。「奥沢」とは、彼女の自宅があった東京都世田谷区奥沢のことである。
企業の経営者たちは、彼女からコンタクトがあれば“最優先”で対応した。
例えば、日本最大の地方銀行である横浜銀行。辻トシ子から頭取に電話があれば、会議を一時中断してでも電話を取り次ぐことが基本ルールになっていた。それでも、すぐに電話に出られないことはある。辻トシ子の側近によれば、彼女が「奥沢の辻から電話があったと伝えてください」と言って受話器を置くと、「5分後に折り返しの電話があり、30分後に、頭取自身が辻事務所にやって来たことがあった」という。
横浜銀行はトップが交代すると、頭取らが辻事務所にあいさつに行く習慣があった。そのあいさつの際、事務所に居合わせたA社の社長が、「弊社は御行の●●支店と取り引きがあります」と頭取や副頭取に言うと、翌朝7時に支店長からA社の社長に電話があり、「社長、うちが何か粗相しましたでしょうか」と恐る恐る聞かれた。「いや、何も粗相なんてありませんよ」と答えると、「とにかく今すぐ参ります」といって支店長がやって来た。社長が事情を聞くと、「前日に副頭取から支店に電話があって、『A社をよろしくな』と言われたから飛んできた」とのことだったという。
横浜銀行がそこまで辻トシ子に気を使っていたのは、彼女が官僚を食事会に招いたり、子供の就職の世話をしたりして財務省を動かす力を持っていたからだ(彼女と中央省庁の関係についての詳細は、本特集の#11『「昭和の女帝」辻トシ子が大蔵省、通産省などの官僚を意のままに動かせた秘訣は?霞が関を掌握することで銀行、トヨタ、電力会社も影響下に』参照)。
横浜銀行は1949~2016年の半世紀以上にわたり、事務次官経験者をはじめとした大蔵省・財務省の元幹部8人を頭取として迎えるなど同省の支配下にあった。とりわけ1994~2005年に頭取を務めた元大蔵次官、平澤貞昭は家族ぐるみで辻トシ子と交流するなど最も親しい官僚の一人だった。
辻トシ子の財界への影響力を示すエピソードとして、1985年のプラザ合意のとき財務官を務めていた大場智満が筆者に明かした、住友銀行(現三井住友銀行)の例を挙げる。
事の発端は、「住友銀行の天皇」と称された磯田一郎(同行元頭取、元会長)が辻トシ子にある悩みを相談したことだった。「大蔵省のドン」といわれた実力者、長岡實(大蔵次官、東京証券取引所理事長を歴任)が日本たばこ産業(JT)の初代社長を務めた1985~1988年に住友銀行と折り合いが悪くなり、融資額を減らされてしまったのだという。住友銀行にとって日本たばこ産業は経営が安定している優良顧客だった。
磯田からの依頼を受けた辻トシ子は、昵懇の間柄だった大場に「住友銀行が日本たばこ産業との取り引きを減らされて困っている、元に戻してやってほしい」と助っ人を頼んだ。
大場にとって、長岡は大蔵省の6年先輩で、気軽に頼みごとをできる相手ではなかったが、すでに日本たばこ産業の社長を退任していた。その後任には、大場の同期で元国税庁長官の水野繁(1953年入省)が就任していた。
大場によれば、「水野に電話して、『おい、住友銀行が君の前任者の日本たばこ産業社長(長岡)に嫌われて、(融資を)断られてしまってるらしいんだけども、もう入れてやれよ』って言ったら、(水野が)『分かった』と言って、その日に(取引が)復活することが決まった」のだという。
大蔵省を動かせる辻トシ子にとって、元々同省の外局だった日本たばこ産業と住友銀行との関係を修復することなど簡単なことだった。
辻トシ子の金融業界への影響力は、住友銀行や横浜銀行にとどまらなかった。金融機関との関係でいえば、むしろ日本開発銀行(現日本政策投資銀行〈DBJ〉)初代総裁の小林中、同行理事から日本興業銀行(現みずほ銀行)頭取になった中山素平、小林の秘書を20年務めた後、富国生命保険社長になった秋山智史らが彼女の人脈の核心だった。
次ページでは、辻トシ子と日本開発銀行との関係や、石油や石炭、電力といったエネルギー業界への彼女の影響力を明らかにする。自動車メーカーや、日本最大の農業商社、JA全農も動かした「昭和の女帝」の権力とは。
昭和の女帝
小説・フィクサーたちの群像
千本木啓文著
<内容紹介>
自民党の“裏面史”を初めて明かす!歴代政権の裏で絶大な影響力を誇った女性フィクサー。ホステスから政治家秘書に転じ、米CIAと通じて財務省や経産省を操った。日本自由党(自民党の前身)の結党資金を提供した「政界の黒幕」の娘を名乗ったが、その出自には秘密があった。政敵・庶民宰相との壮絶な権力闘争の行方は?













