こみや・ひとし/青山学院大学文学部史学科教授。1976年福岡県生まれ。東京大学法学部卒業。同大学大学院法学政治学研究科博士課程修了。博士(法学)。専門は日本現代史・政治学。桃山学院大学法学部准教授等を経て現職。著書に『自由民主党の誕生 総裁公選と組織政党論』『語られざる占領下日本 公職追放から「保守本流」へ』『自民党政権の内政と外交』(共著)、『山川健次郎日記』(共編)、『河井弥八日記 戦後篇』全5巻(同)など。近著に、『昭和天皇の敗北-日本国憲法第一条をめぐる闘い』。
「昭和の女帝」辻トシ子は、永田町において、どんな役割を果たしていたのだろうか。日本自由党や自由民主党の創設の経緯に詳しい青山学院大学文学部史学科の小宮京教授に、辻トシ子についての論考を寄稿してもらった。『昭和の女帝 小説・フィクサーたちの群像』のモデルである女性の謎に迫る、特集『小説「昭和の女帝」のリアル版 辻トシ子の真実』の#15では、現代の「政治とカネ」や「派閥政治」の問題にもつながる彼女の“極秘ミッション”に迫る。
米CIAのカネが、日本の保守に流れ続けた現実…
宏池会が、悪弊を絶つため編み出したウルトラCとは?
戦後史において、辻トシ子はいかなる役割を果たしたのか。彼女が代表を務めるコンサルティング会社「三十六会(さとろうかい)」の発足前後と辻トシ子自身の回想を踏まえて、考察してみたい。
平成の政治改革では「政治とカネ」がテーマとなった。令和でも、いわゆる「裏金」問題が話題である。このように政治とカネとは切っても切れない関係にある。政治とカネに関する有名な言葉として、岸信介元首相が満州国を離任する際に述べたとされる次の発言が挙げられよう。
「諸君が選挙に出ようとすれば、資金がいる。如何にして資金を得るかが問題なのだ。当選して政治家になった後も同様である。政治資金は濾過器を通ったものでなければならない。つまりきれいな金ということだ。濾過をよくしてあれば、問題が起こっても、それは濾過のところでとまって、政治家その人には及ばぬのだ。そのようなことを心がけておかねばならん」(武藤富男『私と満州国』〈文藝春秋、1988年〉270ページ)
こうした心構えが功を奏したのか、疑獄事件で名前を取り沙汰されても、岸が塀の中に落ちることはなかった。
もう一つ、岸が田中角栄元首相を評した「田中は、湯気の出るようなカネに手を突っ込む」という表現も有名である(安倍洋子『わたしの安倍晋太郎』〈ネスコ/文藝春秋、1992年〉94ページ) 。濾過器を通さず、自ら手を突っ込んだ田中が、ロッキード事件との関わりを追及されたことは、周知の事実であろう。
1960年7月、アメリカのアイゼンハワー大統領の訪日(アイク訪日)中止を踏まえ、岸内閣は退陣する。後継者は、宏池会を率いる池田勇人であった。
池田新総裁が直面したのは、自民党の乱脈会計だった。引き継ぎ時に、党の赤字は1億円、未払い金は4000万円、使途不明金も数千万円単位で存在した。補足すると、1960年当時の大卒男性の初任給は約1万6000円、令和6(2024)年現在は約25万円である。党の赤字を現在の金額に換算すると、約16億円に相当する。未払い金等を含めると、約30億円のマイナスとなる。毎月の経常費と収入との差額約5000万円(現在の約8億円に相当)は、池田総裁や益谷秀次幹事長のみならず、主流派の実力者らが個人的に穴埋めしたという(冨森叡児『戦後保守党史』〈現代教養文庫、1994年〉171-172ページ)。
池田が3選を決めた、1964年の自民党総裁選に際しては「ニッカ」「サントリー」「オールドパー」といった隠語が飛び交った。2陣営からお金を受け取る(ニッカ)、3陣営からお金を受け取る(サントリー)、そしてさまざまな陣営から受け取りながら誰にも入れなかった(オールドパー)、といった具合である。このように総裁選に多額の資金が必要とされることは常識であった。
大蔵官僚出身者が多いこともあり、財界から潤沢な政治献金を受けていたとされる宏池会ですら十分に賄うことはできず、総裁選を前に、宏池会幹部が資金集めに奔走した際には、幹部の実印が押された書類が「偽造」されたりもした(吹原産業事件。石川達三『金環蝕』など)。
池田内閣期の1961年、宏池会が事務所を構える日本自転車会館に、辻トシ子は「三十六会」を発足させた。有力政治家の実力秘書が「総合コンサルタント」に転身したのである。その後、三十六会は取り壊し直前まで、自転車会館に居を構えていた(古賀攻「戦後政治史の生き字引・辻トシ子さん ゴッドマザーは健在なり」日本記者クラブ会報、2014年8月10日号)。
なぜ辻トシ子は三十六会を1961年に立ち上げたのか。
昭和の女帝
小説・フィクサーたちの群像
千本木啓文著
<内容紹介>
自民党の“裏面史”を初めて明かす!歴代政権の裏で絶大な影響力を誇った女性フィクサー。ホステスから政治家秘書に転じ、米CIAと通じて財務省や経産省を操った。日本自由党(自民党の前身)の結党資金を提供した「政界の黒幕」の娘を名乗ったが、その出自には秘密があった。政敵・庶民宰相との壮絶な権力闘争の行方は?













