コンサル大解剖Photo by Koyo Yamamoto

世界最古の戦略コンサルファーム、アーサー・ディ・リトルで約20年にわたり日本法人の代表を務めた原田裕介氏が1月末で代表を退く。かつて「パートナーが3人しかいなかった」という時代から、いかにして現在の急成長を支える組織へと変貌させたのか。長期連載『コンサル大解剖』で、退任直前の本人を直撃。インタビュー前編では、2年以上をかけた緻密な承継プロセスや、他ファームへの移籍を否定する次なるキャリアビジョン、そして組織を劇的に変えたマネジメントの極意を赤裸々に明かす。(聞き手/ダイヤモンド編集部 山本 輝)

定年退任は逆に「プラス」
2年前から進めた承継の全貌

――今回、原田代表がアーサー・ディ・リトル(ADL)を退職され、日本代表が交代するとのことです。

 理由はものすごくシンプルで、定年なんですね。ADLではテニュア(在職期間)が決まっており、日本代表であっても定年退職があります。

 前職(富士ゼロックス)を辞めるときに先輩から、「お前バカだな。この会社に居たら、定年までこれだけいい給料をもらえるぞ」と言われたんですが、ADLにおいては、むしろ60歳以降、さらに年々、充実していった感覚があります。65歳が終わるこの年まで非常に充実した時間を過ごせたことは、大変にありがたいと思っています。

 加えて重要だったのは、辞めるタイミングが分かっていたので、2~3年前からトランジションの準備ができたことです。例えば、2年半ぐらい前からチームビルディングのためのコーチングを全パートナーに実施したり、重要なクライアントを引き継ぎながら大きなプロジェクトを獲得していったり、あるいはここ3年は年ごとに異なるキーメンバーとバジェットメイキングを共に行ったり、ですね。

 定年という言葉は日本だと否定的に捉えられがちですが、逆にさまざまな準備ができたことはプラスでした。

――代表やパートナーが定年まで居続けるというのもコンサルではかなり珍しいですね。

代表やパートナーが定年まで居続けるのは、移籍の激しいコンサル業界では極めて珍しいケースだ。なぜ原田氏は、30年近くもの間ADLにとどまり続けたのか。そこには、世界最古のファームが掲げる「ある哲学」への強い共鳴があった。次ページで明らかにする。