Photo by Yasuo Katatae
M&Aを巡るトラブルを追い続けてきた2人の記者。その取材で出会ったのは、想像を超える企業と経営者たちの姿だった。トラブルの渦中にいる者たちは何を語ったのか。当事者の言い分に耳を傾けることで、何が見えてきたのか。新刊『社喰い』(ダイヤモンド社刊)の著者・片田江康男記者と、『ルポ M&A仲介の罠』(朝日新聞出版刊)の著者で朝日新聞社の藤田知也記者が、強く印象に残った取材と、そこから見えたM&A業界の実態を語った。(取材・構成/ダイヤモンド社書籍編集局 工藤佳子)
売り手を軽視したM&A仲介会社
「自分は正しい」と主張する当事者たち
片田江康男(以下、片田江):藤田さんに聞きたかったんですけど、一連の取材の中で一番印象に残っているケースって何ですか。ルシアンホールディングス(HD)の件では、30社くらいに取材依頼をして、実際に十数社が取材に応じていますよね。記者として「これはひどいな」とか、「これは許せないな」とか、そういう感情が動いた取材ってあると思うんですよね。
藤田知也(以下、藤田):二つありますね。一つ目は、ルシアンHDによるM&Aトラブルに巻き込まれた東京都・府中市の設計会社です。都内の会社ということもあって、一番よく通いました。社長は80歳近かったのですが、その方の育った環境から会社を経営してきた人生まで、かなり詳しく聞かせてもらった。そこで「中小企業を経営するというのは、こういうことなのか」というリアリティーを教えてもらいました。だからこそ、この会社に対する仲介業者の対応には、腹立たしく思うところが結構ありましたね。
――『ルポ M&A仲介の罠』でも、この会社に関わった仲介業者側の言い分をかなり批判的に書かれていましたね。
藤田:そうですね。まだ裁判が続いているので最終的にどうなるかは分かりません。ただ、仲介業者側の主張は、事後的には「自分たちはこの買い手(ルシアンHD)がどれだけ危ないか散々説明して、取引をやめるように伝えた。それでも売りたいと突き進んだのはあなたでしょう」という趣旨なんです。それって、まるで「そんな買い手を選んだ売り手の方が馬鹿じゃないか」と言っているようなもの。自分たちのお客さんに対して、こういう主張をするんだ、と。仲介業界に対して感じていた違和感が、かなり強く表れた事例だったと思います。
二つ目は、トラブルを起こしている買い手側の代表者へのインタビューです。T社を含む2社の代表者に、それぞれ2時間くらい話を聞きました。トラブルの当事者である買い手企業の代表者に話を聞く体験は、すごく刺激的でしたね。
――どんな印象でしたか。
藤田:まず、本当にインタビューを受けてくれるんだ、という驚きがありました。
――自分たちに後ろめたさがある、という感覚ではないのでしょうか。
藤田:そうですね。むしろ「自分は正しい」ということを説明するために取材に応じてくれているわけですから。
取材に応じたトラブルの当事者
「良くも悪くも学ぶところが多い」
――片田江記者は藤田記者の『ルポ M&A仲介の罠』を読んで、特に気になったところはありましたか。
片田江:付箋をいっぱい付けながら読んだんですけど、印象に残っているのはやはりT社ですね。T社って、M&Aのマッチングプラットフォームの「B」を使っていたじゃないですか。
藤田:そうですね。Bも使っていましたね。
片田江:オンラインで「手軽に会社を買えます」というビジネスモデルが、本当に成立するんだろうかということが気になりました。そもそもトラブルが起きやすい取引でもあるのに、それを「ネットで手軽にできます」とする。対面型のM&A仲介とオンライン型のマッチングサービスは、おそらく同じM&Aの枠組みの中で考えられている。でも、本当にそれでいいんだろうか、というのはT社のくだりを読んですごく思いました。
それと、T社の代表者へのインタビューがめちゃくちゃ面白かった。こういう人、いるよね、というか……。ちょっと表現が難しいですけど。
藤田:難しいですけど、「面白い人」という見方でもいい気がしますね。
片田江:そう。しかも、ちゃんと取材に出てくるというのが面白いですよね。
――藤田記者は、片田江記者の『社喰い』で気になったところはどこでしたか。
藤田:全部読みましたが、やっぱり一番引き込まれたのは、ルシアンHDの代表者とのやりとりですね。電話で取材を申し込んで、条件が折り合わなかったという。
それから、マイスホールディングスの社長(当時)への取材も印象的でした。T社などの社長への取材とも共通しますけど、トラブルを起こしている当事者の言い分を聞くというのは、良くも悪くも「学び」が多いんですよね。彼らを正当化するという意味ではなく、当事者がどういう理屈で行動していたのかを聞くことで、「なぜこういうことがまかり通ってしまうのか」が見えてくる。そうすると、トラブルを防ぐためには、仲介ビジネスの仕事はどこをどう変えなければいけないのか、そのヒントも浮かんでくると思います。
“幻のカネ”に踊らされたトップブランド
疑心暗鬼の末に組織崩壊
――片田江記者は『社喰い』の取材で特に印象に残っている部分はありますか。
片田江:全部印象深いですけど、まずルシアンHDの代表取締役H氏とのやりとりでしょうか。それから、ミュゼプラチナムの取材もかなり印象に残っています。あの会社の、想像を絶する内部崩壊の度合いというか。「これでよく組織が成り立っていたな」と思いました。
藤田:しかも何年もですよね。
片田江:そう。何年も続いていて、しかもトップブランドだった。そのギャップがすごかったですね。内実を見ると、もうぐちゃぐちゃなんです。社内で疑心暗鬼が折り重なっている。「あの人はこうなんじゃないか」「この会社はこうなんじゃないか」「このお金はこうなっているんじゃないか」と、確証のない疑念がどんどん膨らんでいって、それによって経営そのものがおかしくなっていく。「あの会社がお金を出してくれるかもしれない」といった話がきっかけで会社が真っ二つに割れてしまうようなことまで起きる。「面白い」と言ったら語弊がありますけど、お互いが疑心暗鬼になった末に組織が崩壊していく。こんなことがあるんだ、という驚きはありましたね。
あとは、最後の章で書いた不動産ブローカーの話です。不動産仲介の場合、手数料は基本的に売買価格の3%程度じゃないですか。
藤田:そうですね。
片田江:今まで不動産売買をやっていた人たちからすると、M&A仲介の世界は仲介手数料も大きいし、当時は規制もかなり緩かった。だから、「これはすごくおいしいビジネスだ」と見えるんでしょうね。そこに不動産業界の人が流れ込んできたというのも、取材していてすごく印象に残りました。
(※本稿は片田江康男記者の新刊『社喰い』〈ダイヤモンド社〉を記念した対談記事です)
記者。1979年東京都生まれ。2003年ダイヤモンド社に入社。06年より「週刊ダイヤモンド」記者。これまで取材したテーマは東日本大震災後の東京電力問題や、大手生命保険会社における金銭詐取問題など。21年からM&A業界を取材。M&Aのダークサイドに踏み込んだ『社喰い』(ダイヤモンド社)が好評発売中。
早稲田大学第一文学部卒業、同大学院アジア太平洋研究科修了後、2000年に朝日新聞社入社。盛岡支局を経て02~12年に「週刊朝日」記者。経済部に移り、18~19年に特別報道部、その後は経済部に所属。著書に『ルポ M&A仲介の罠』(朝日新聞出版)、『郵便局の裏組織 「全特」――権力と支配構造』(光文社)、『郵政腐敗 日本型組織の失敗学』(光文社新書)、『やってはいけない不動産投資』(朝日新書)、『日銀バブルが日本を蝕む』(文春新書)、『強欲の銀行カードローン』(角川新書)がある。
Key Visual by Kaoru Kurata, Kanako Onda







