峠さんはやむなく、卒業後はいったん故郷の広島に帰り、フリーター生活を送ることになる。ツテのあるNGOの活動を手伝う傍ら、株式会社ボーダレス・ジャパンの存在を知り、アプローチを開始。ボーダレス・ジャパンは社会課題を解決するソーシャルビジネスを展開する企業で、多様な社会起業家が参加する組織である。
晴れてボーダレス・ジャパン入社が叶った峠さんは、資金面やノウハウ面でサポートを受けながら、ネグロス島の農家の人々をサポートする事業プランを検討し始める。そして熟考の末にたどり着いたのが、養鶏業だった。
農家での鶏飼育がスタート
売却益を得るビジネスモデルとは?
日本国内やカンボジアで実際に養鶏業を学び、コロナ禍が落ち着くのを見計らって、再びネグロス島へ飛んだのは2022年のことである。
峠さんが立ち上げた事業モデルは次の通り。まず農家の人々に鶏を買い与えて、飼育してもらう。そこで生まれた卵を峠さんが買い取り、孵化した鶏を育てる。ある程度の大きさに育ったらそれを精肉し、鶏肉を扱う飲食店に卸す。農家は卵を売って収入を得、
もちろんこれは簡単なモデルではない。鶏の病気対策や産卵効率の向上など、膨大な専門知識が求められたが、ネグロス島に養鶏のノウハウを持つ人はほぼ皆無。そこで峠さんは日本から専門書を取り寄せるなど、必死に学びながらトラブルを知恵と工夫で乗り越え、養鶏業を少しずつ軌道に乗せていく。
苦労の甲斐あり、峠さんが手掛ける鶏肉は、ネグロス島の地鶏として少しずつ評判を呼び、販路を拡大していく。さらに2023年には、「Tao's Native Chicken」と名付けた自前の店舗での販売もスタート。これが好調で、最盛期にはネグロス島外も含めて3店舗まで拡大したという。
テイクアウト専門店からスタートし、3店舗に拡大した「Tao's Native Chicken」の店頭
貧農支援のために起こした養鶏業は、さらなる成長に向かい始めたかに見えた。しかし、やはり異国での事業はそう甘いものではなかった。







