日本の生産性の伸びが他の先進国に劣るものでない点は先にみたところと同様であり、それにもかかわらず賃金の停滞が際立っているのである。
企業のコスト削減が招いた
日本経済の「縮小の悪循環」
これと同じことを、日銀が1990年代後半以後25年の金融政策を点検したいわゆる日銀「多角的レビュー」も、「コストカット偏重の経営」と呼んでいる(注2)。
この強力な賃金抑制が微小デフレの原因だったことは、吉川 洋(2013『デフレーション』日本経済新聞出版社)以来、ほぼ共通の理解になっている(注3)。
以上から確認されるのは、近年の日本企業が、前向きの拡大のもとでの革新よりも、消極的なコスト削減に重きを置いてきたことである。それは日本市場の拡大が望めないとの見込みを背景にしている。しかしかつてイギリスの経済学者・ジョン・メイナード・ケインズが批判したように、そのコスト削減方針が集計されて、市場の縮小をもたらすのである。
コスト削減と市場萎縮が相互促進したという意味で、“縮小の悪循環”(downward spiral)、“縮小均衡”(diminishing equilibrium)または“悪い均衡”(bad equilibrium)が生じた。投資の低下で供給力も弱まる。この構造が、極小成長、停滞、そして閉塞感の根源にあった。
『日本経済はなぜ沈下したのか 「正しさ」が招いた35年の停滞』(伊藤 修、朝日新聞出版)
これは「合成の誤謬」(fallacy of composition〔編集部注/ミクロの視点では正しく合理的な行動であっても、それが合成された社会や経済全体のマクロな視点では好ましくない結果を招いてしまう現象のこと〕)のケースにあたる(注4)。
個別には目的に対して合理的な行動が、集計されると目的に反する(不合理な)結果になる現象である。個別のアクターは与えられた条件のもとで合理的な行動をとるが、それらの行動が集計された結果、“前提条件が変わってしまう”ことによる。
この場合、企業は利潤を追求してコスト削減競争を行なうが、それは前提条件である全体の家計の所得、ひいては消費支出、市場、売上げを縮小し、また投資と供給力強化を引き下げて、利潤追求に反する結果を招いてしまったのである。
(https://www.boj.or.jp/mopo/mpmdeci/mpr_2024/k241219b.pdf)
(注3) 渡辺努「価格の復権、生産性に波及も」(『日経』2025年2月26日)は、賃金も物価(価格)も「動かなくなった」ことを強調する。それは価格メカニズムが働かず、生産も労働力も移動しないことにつながったと論ずる。
(注4) 河野(2025『日本経済の死角』ちくま新書)も同じくこの点を強調する。







