Photo by Ryuichi Kanayama
レゾナック・ホールディングスは、「小が大をのむ」買収で巨額の負債を抱えたが、足元ではAI・半導体銘柄として注目が集まっている。ダイヤモンド編集部は2年前に同社の染宮秀樹CFO(最高財務責任者)に旧日立化成の巨額買収で膨らんだ負債の圧縮策や、石油化学事業の分離方針の狙いを尋ねた。前回のインタビューから2年。金利は上昇し、外部環境は大きく変わった。長期連載『経営の中枢 CFOに聞く!』の本稿では、染宮CFOに金利のある世界での財務戦略や、石化事業分離の意義などについて改めて聞いた。また、レゾナックの名前も取り沙汰された、半導体材料大手、JSRの買収の可能性についても直撃した。(聞き手/ダイヤモンド編集部 金山隆一)
石化分離で投資家の見方が変化
「有利子負債は2年の利益で返せる」
――2年前と比べ、金利が1%から3%を超えても、攻めの投資を続けますか。
攻めにいきます。金利が上がることは分かっていましたから、先にガードを固めてきました。旧日立化成の買収後、優先株を含む負債は約1兆1000億円ありましたが、この5年間で約5000億円減らしました。ネット有利子負債は約6000億円です。
残る借入金もほぼ全額を固定金利に変えています。2年前は、買収で膨らんだ負債をどう減らすかが大きな課題でした。いまは金利上昇への備えができています。ですから、財務を守るために投資を止めるという判断にはなりません。
――財務内容をここまで改善できた理由は何ですか。
何か特別な秘策があったわけではありません。事業ポートフォリオを見直し、ROIC(投下資本利益率)を意識して経営する。他社も掲げていることを、われわれは愚直にやってきました。財務の見方も変えています。以前は、純資産に対する借金の大きさを示すネットDEレシオ(純有利子負債の自己資本に対する倍率)を重視していました。
しかし、それは極端に言えば、会社を解散して借金を返したら何が残るかという見方です。いま重視しているのは、ネット有利子負債がEBITDA(利払い・税引き・償却前利益)の何倍あるか。事業で稼ぐ力に対して、借金がどれくらい重いかを見ています。この倍率を3倍未満にすることを目標としてきましたが、2026年末には2倍を切るとみています。買収直後は約15倍でした。その状態から、ここまで来た。攻めの投資を考えられる財務基盤になったと思います。
――株式市場のレゾナック・ホールディングスを見る目は変わりましたか。
総合化学銘柄ではなく、半導体材料銘柄、半導体関連銘柄として見ていただけるようになりました。変化が始まったのは、24年2月に石油化学事業のパーシャルスピンオフ(部分分離)を検討すると発表した頃です。石油化学専業会社、クラサスケミカルの上場が現実になり(ダイヤモンド編集部注:クラサスケミカルは9月29日に上場)、投資家の見方もさらに変わってきたと感じます。
それは株主の顔触れにも表れています。5年前に約20%だった外国人株主の比率は、昨年公表した数字で約40%、今年6月の株主調査では56%になりました。早くから当社の変革を支持してくれた投資家の中には、株価が上がり、保有額が大きくなり過ぎて売却したところもあります。その株式を、米キャピタル・リサーチや米ブラックロックなど、大きな資金を長期で運用する機関投資家が買っています。
――市場の評価に満足していますか。
われわれが比較対象としているのは、日本の総合化学会社ではありません。米国のキュニティ・エレクトロニクスやインテグリスです。両社はPER(株価収益率)で40倍程度、EV(企業価値)/EBITDA倍率で20倍を超える水準にあります。
レゾナックのEV/EBITDA倍率も、2年前の5~6倍から上がりましたが、足元では13~14倍です。ところが、直近の四半期では、利益率も売上高の伸び率もわれわれの方が高い。AI関連で伸びている製品の割合も高いと考えています。それなのに、米国企業との評価差はまだ大きい。なぜ当社の倍率の方が低いのか、私には理由が思い浮かびません。この差を市場に理解してもらうことが、いまの課題です。
――クラサスケミカルの分離・上場は、何をもって成功と判断しますか。
市場の評価としては、分離後のレゾナックと上場後のクラサスケミカルの企業価値を合計し、分離前を上回るかどうかです。コングロマリットディスカウントの解消を目的にしたのですから、両社を足しても価値が増えていなければ成功とはいえません。上場後の株価を見て検証する必要があります。
ただ、株価だけではありません。これまで私はクラサスケミカルに「投資は最小限に抑えてほしい」と言ってきました。レゾナック全体の経営資源を半導体材料へ移すためです。独立すれば、クラサスケミカルは自分たちが稼いだ資金を配当に使うのか、投資に使うのかを自分たちで決められる。
その自由度を得ることにも、大きな意味があります。レゾナックの株主は半導体材料の成長に投資したい。一方、クラサスケミカルはDOE(株主資本配当率)5%を掲げ、安定配当を求める投資家に応えようとしています。求めるものが異なる株主に、それぞれの会社を選んでもらえるようになることも、分離の意味です。
――クラサスケミカル株を20%未満保有し続ける理由は何ですか。
クラサスケミカルは上場会社になります。われわれが保有する株式は、売ろうと思えば売れるわけです。ほかの政策保有株式を売却してきた中で、なぜクラサスケミカル株だけを持ち続けるのか。そこは説明し続けなければなりません。
理由は、グリーンケミカルやカーボンニュートラルに向けた研究開発で協業できるからです。クラサスケミカルが持つ技術があり、レゾナックにも川崎の技術(神奈川・川崎事業所で行っている廃プラスチックのケミカルリサイクルなど)をはじめ、関連する知的財産があります。資本関係がなくても協力はできますが、出資を続けることを十分に正当化できる協業内容があると考えています。
――パーシャルスピンオフという手法を選んだ理由は。
スピードです。投資家なら、持ちたい事業に合わせて株式の組み合わせをすぐに変えられます。しかし経営者は、会社の事業ポートフォリオをワンクリックでは変えられません。石油化学事業を他社と統合しようとすれば、どの製品をどちらが担うのか、設備能力をどちらがどれだけ減らすのか、延々と協議しなければならない。
4~5年かかるかもしれません。われわれは24年2月にパーシャルスピンオフの準備を表明し、約2年半でクラサスケミカルの上場を迎えます。(クラサスケミカルのコンビナートがある)大分の事業は単独でもやっていける競争力がある。だったら、まず福田浩嗣社長のチームに独立して経営してもらう方が早い。
クラサスケミカルは株式市場で評価が付く先例にもなります。将来、業界再編の話が出たとき、クラサスケミカルの評価額が分かっていれば、他社も一緒になる場合の姿を描きやすい。将来、単独で進むか、他社との再編を選ぶかは、福田社長が決めることです。
――パーシャルスピンオフは、ほかの日本企業にも広がりますか。
一般化するかどうかは分かりません。ただ、コングロマリットの経営者は、事業ポートフォリオを見直す選択肢として検討せざるを得なくなったと思います。資本関係を完全に断つ必要はなく、一部を残して協力関係を続けられる。経営者にとって決断しやすい手法です。株主からコングロマリットディスカウントを指摘されたとき、「なぜ、この選択肢を取らないのか」と問われるようになるでしょう。これからは、コングロマリットそのものへのディスカウントではなく、コングロマリットを容認している経営者へのディスカウントに変わってくると思います。
――2年前のインタビューで、「黒田バズーカ(13年に日銀の黒田東彦総裁が始めた大規模な金融緩和)をフルに使った」と話していました。旧昭和電工が20年に巨額の借金をして日立化成を買収した決断を、いまどう評価しますか。
高橋秀仁CEO(最高経営責任者)は、皆がリスクを取りにいかなかった時代に、一人で大きなリスクを取りにいった。約1兆円の借金をして、自社より大きな日立化成を買う。あの決断がなかったら、私も昭和電工には入社していません。もちろん、買収後の会社は大変でした。のれんが約6000億円あり、それを全額損失として計上すれば債務超過に陥りかねない。ネットDEレシオは1.84倍、ネット有利子負債/EBITDA倍率は約15倍です。
私はソニーから来ましたが、周囲には「なぜそんな火中の栗を拾うのか」と言われました。だからこそ、金利が上がる前に財務を立て直す仕事をやってみたいと思ったのです。いま、われわれが同じように1兆円の借り入れを伴う買収をしようとしても、当時のようには資金を借りられないでしょう。超低金利の時代にリスクを取らず、金利が上がってから大きな投資をしようとしても難しい。あのとき、高橋が決断したことの意味は大きかったと思います。
この2年で財務を劇的に改善させ、石油化学から半導体関連銘柄へと変貌を遂げたレゾナック。過熱するAI・半導体ブームの中で、次にどんな攻めの投資を打っていくのか。次ページではマーケットで話題となっている、半導体材料大手のJSR買収も含め、今後のM&A、投資戦略を直撃した。







