
東日本旅客鉄道(JR東日本)が新たに発表した2032年3月期までの中期経営計画で、売上高を1兆円増の4兆円超とする大胆な目標をぶち上げた。鉄道事業と生活ソリューション事業の二軸経営で成長を目指す一方、1兆円のうち半分をM&Aで補完すると宣言した。長期連載『経営の中枢 CFOに聞く!』の本稿では、財務部門管掌の伊藤敦子副社長に、新中計で掲げた成長戦略の真意とM&Aのターゲット分野を聞いた。(聞き手/ダイヤモンド編集部 田中唯翔)
JR東日本株が新中計&運賃改定で上昇
財務トップが1兆円増収計画を解説
――株価が2025年1月から30%以上上昇しています。この要因をどのように分析していますか。
鉄道事業の一軸経営ではコロナ禍のようなパンデミックが起きてしまうと、次は持ちこたえられない。こうした危機感から、われわれは鉄道事業と生活ソリューション事業の二軸経営を打ち出しました。
さらにSuica(スイカ)の機能強化として24年に発表した「Suica Renaissance」や、7月に公表した新グループ経営ビジョン「勇翔2034」では、不動産事業などで構成する生活ソリューション事業の利益を34年3月期に倍増させる計画を発表しました。鉄道の運賃改定などを通し、われわれは経営のモードを攻めに変えつつあります。
こうしたJR東日本の経営姿勢の変化、そして鉄道利用の回復がオーバーラップし、市場で評価されていると考えています。決算発表の際に「決算でトランプ関税の話が出なかったのは初めてです」と言われることもありまして、内需型の株であることも足元で評価されつつある要因です。
――勇翔2034では、32年3月期に売上高4兆円超を目指すと宣言しました。
高輪ゲートウェイシティが25年3月に開業しました。現在はまだ開発途中ですが、完成すれば高輪だけで年間570億円の収益貢献があると見込んでいます。
鉄道事業では、羽田空港アクセス線が同時期の31年度に開業予定です。これらの事業が経営の変化点になると考え、32年3月期に向けて、まずはトップライン4兆円の企業を目指していくことを目標にしました。ですので、各事業の積み上げで作った数字ではありません。
4兆円は通過点であり、このビジョンが完了する10年先には、売上高5兆円の企業になっていたい。売上高4兆円は、運輸セクターでナンバーワンですが、5兆円になれば上場企業のトップ30に入ることができますので、そこを目指したい。
――25年3月期の2.9兆円から1兆円以上の増収が必要です。実現可能ですか。
増収分の1兆円の構成としては、まず鉄道事業で2000億円程度伸ばしていくつもりです。運賃改定で820億円、インバウンドで450億円、残りの部分は旅の目的地をつくっていくことなどの流動創造で増やしていく計画です。
特に欧米からのインバウンド客は日本で長期滞在されることが多い。休日だけでなく平日の鉄道需要を埋めていただくことができます。鉄道は装置産業であり、乗客数を増やして効率を上げていけば、利益も上がる。その点でインバウンド効果は大きいです。
運賃改定については、これまで消費税の税率改定やバリアフリー化のための運賃改定を除き、民営化後に一度も実施してきていませんでした。これを実現することで、安全性やサービスレベルの向上、サステナブルな鉄道事業の継続につながると考えています。こうした施策により、鉄道事業を含む運輸セグメントのトップラインは2兆円を超えていく計算です。
――残りの8000億円超は生活ソリューション事業で伸ばしていくつもりですか。今回の中計では前回の倍以上となる3.1兆円を投資する計画も発表していますが、大幅に増額したのはなぜですか。
32年3月期までに売上高を1兆円増収させる計画を打ち出したJR東日本。6000億円を投じる高輪ゲートウェイシティや総工事費2800億円を見込む羽田空港アクセス線などの大規模プロジェクトが同時並行で進行しているが、それだけでは売上高4兆円の目標には到達しない。伊藤氏は、1兆円のうち半分をM&Aによって補完すると説明する。次ページでは、伊藤氏にM&Aでターゲットとする分野に加え、目標とする時価総額の具体的な数値も明かしてもらった。