川岸
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 手術を拒む若い女性患者との会話を通じ、エルネストは自分の想いに気付いていきます。「僕は、生まれつき肺が悪くてね、最初に憶えた言葉は、注射なんだ」「だから医者になりたいと思ったの?」「うん、そうかもしれない。人の役に立ちたい、と思ったんだね」「そんなの無駄よ。」「…人生は辛いよね…。でも、生きるために、闘い続けなければならないと思うんだ」結局、彼女はエルネストに付き添われながら、辛い手術に立ち向かう決意をします。

 世の中に見捨てられ、病と闘いながらも、小さな喜びを分かち合う患者たち。エルネストもアルベルトも、素手で彼らの手を握り、共に暮らし、サッカーを楽しんだりして、心を通わせていきます。社会的弱者である彼らも、ここで必死に、命の灯をともしているのです。だれがその尊い灯を踏みにじることができるでしょう。

 健常者と患者たちの住まいを隔てる、大きなアマゾン河。エルネストは、無謀にも、誰も泳ぎ切ったことのないその河に飛び込み、死をとした必死の形相で、泳ぎます。その脳裏には、虐げられ、社会から隔離された先住民、患者たちの顔が浮かんでいたのだと思います。溺れかけながらも、患者たちの待つ岸へとたどり着いたエネルストには、その大きな河が、人々を様々に分断し、強いものが弱いものを虐げる、超えなくてはいけない「何か」に見えたのでしょう。

 先住民か占領者か、患者か健常者か、どこの国の人かに関係なく、このコミュニティで一体となって生きるという経験に、エルネストは出会ったのです。

 24歳の誕生日を祝ってもらった翌日、皆と抱きあい、別れを惜しみ、ボランティアへのお礼に進呈されたいかだに乗る、エルネストと親友。別れの寂しさに潤みながらも、診療所の人々に微笑み返すエルネストの瞳には、これまでにない、強い光が溢れていました。

 後日、旅の到着地であり、盟友アルベルトとの別れの地ベネズエラで、エルネストはこう言います。「医者になって君と一緒に働けるかどうか、わからなくなった。旅の途中で、何かが変わったんだ。
今は、その答えを見つけたい。人々のために…」

 ペッシェ博士に会いに行くというエルネストの1つの行動が、こうして、人生を変える重要な思想との出会いと、診療所の人々との出会いを呼びました。そして、ここまでの沢山の出会いが、「弱者を救いたい、搾取に苦しむこの南米の人々を一つに団結させたい、この世の中を変えたい」という、強い想いへと昇華していくことになったのです。

 この5年後、29歳の時、エルネストは、チェ・ゲバラとしてキューバ革命を導くことになります。

心を開いて、自分の人生に積極的に関わる

 しかし、それもこれも、彼が23歳のあの日、未知の世界への好奇心の赴くまま、バイクにまたがって旅に出なければ、無かったかも知れません。あの日、彼が心の声に耳を傾けなければ、普通に医師になってチチ―ナと結婚し、今、私達はチェ・ゲバラを知ることもなかったかもしれないのです。