デフレ脱却のためには賃上げが必要だ、という認識を安倍晋三首相が明確に持っていることは方向性としては非常に正しいと思われる。
日本銀行がマネタリーベースを増やすだけでは持続的なインフレの実現は困難だからだ。元IMFエコノミストのP・ステラ氏も9月20日のコラムで、「準備預金とマネーサプライの関係は、あなたが学校で学んだものとは異なっている」と指摘している。
2006年末のFRBの準備預金残高は、1951年の200億ドルより小さかった。しかし、同じ期間に米国の信用市場における資産は1万%以上増加した。中央銀行が資金供給量で市中の信用を制御できるという見方は「完全に間違っている」と同氏は強調する。
黒田東彦日銀総裁もそれを知っているはずだが、その上で彼は「2年でマネタリーベースを2倍にする」と4月に宣言した。ステラ氏流で表現すれば「古い教科書で学んだ人々」に勘違いを起こさせて円安・株高を誘発し、インフレ予想を引き上げようとしている。
前々回で、現代の中央銀行家は、かつてないほど言葉で人々の期待に働きかけようとしており、「マネタリー・シャーマン」(金融まじない師・呪術師)と化していると書いた。危うさもはらむ政策だが、“シャーマン黒田”の「お告げ」を効果的にするには、いかにして持続的な賃金上昇を起こすか知恵を絞る必要がある。