「配置転換を受け入れてもらえますね?」――人事権をもつ人からこう言われたときに、明確に拒否することができる社員は少ないだろう。日本の企業の場合、配置転換を拒むことは、その後の人事評価や昇進を考えると、難しいことである。
今回は、直属上司とウマが合わずに衝突が続いていた若手社員が、配置転換を受け入れたことで、会社との対立が泥沼化していく状況を紹介する。
あなたが受ける配置転換は、大丈夫か――。
--------------------------------------------------------------------------------------------------
■今回の主人公
久米 清 仮名(36歳 男性)
勤務先: 従業員数330人ほどの大手映像制作会社。放送局と複数の企業が出資し、15年程前に設立された。以前は、放送局への人材派遣を主に行なっていたが、最近は独自で番組制作を行い始めている。経営状態は、一時の勢いはないものの、概ね好調。
--------------------------------------------------------------------------------------------------
(※この記事は、取材した情報をプライバシー保護の観点から、一部デフォルメしています)
役員と部長からの
「業務命令」
担当役員の坂本がひげをさすりながら、話し始めた。左隣には、部長の西村が座る。
「君と副部長の上田君は、ウマが合わないみたいだな。君がいまの部署に残るのは、好ましくない」
久米は、自分がなぜ異動になるのかわからなかった。そもそも、この1ヶ月間、上田から受けた退職強要について、役員や部長は何の説明もしない。それも、よくわからなかった。
数日前、久米は上田に対し、「これ以上、不当な行為をすると、第三者を立てます」と強い口調で話した。上田はこの言葉を聞くと、一切、何も言わなくなった。
そして数日後、今度は役員と部長から応接室に呼び出しを受けたのである。そこで久米は、上田がこの1ヶ月間に行なった一連の行為について尋ねようとした。すると、坂本が眉間にしわを寄せた。その表情は、“人の話を最後まで聞け!と言わんばかりだった。
「とりあえず、嘉村君がリーダーをしている翻訳チームに異動してもらえないだろうか」
久米は、何かがおかしいと感じた。このチームに、正社員が配置されたことは過去に1度もない。この部署は、すべて契約社員で構成されている。
「あそこにいる白井さんや東さんは、たしか契約社員ですよね。英語能力を買われて、専門性の高い契約社員として……。そこに、英語ができない私がなぜ行くのでしょうか?」
「……」
「私は、一応、正社員ですけど、これからは正社員もあそこに行くことになるのでしょうか?」
坂本は、答えない。ソファーの背にもたれ、西村のほうを見る。今度は、西村が話し始める。
「上田君と同じ部署では、君も嫌だろう。嘉村君が、君を面倒みたいと申し出てくれた。こうして、坂本常務もおっしゃってくださっているんだから……」