「つながりたい」と、多くの当事者は訴える。もちろん、社会につながりたくてもつながれない障壁は、訴えてくる人たちによって、それぞれ状況が違う。

 外に出たいと思ったなら、当事者の目線で気持ちを理解してくれる人に会うのがいい。それも、いきなり外に出てつながるのではなく、ゆっくりと少しずつ何度でも引きこもったりしながら継続していくことが大事だ。

 ただ、たとえ相手が筆者と会うと言ってくれても、待ち合わせる場所まで行く交通費がバカにならない。日本の公共交通機関の交通費の高さは、お金を持たない弱者のつながる機会や、弱者が行動しようと思うモチベーションさえも阻害する。

 そうした事情で物理的にも、なかなか直接会うことのできない状況だけに、インターネットは有効なツールだ。

 例えば、筆者も当連載のメールを通じて、数多くの人たちと知り合えた。SNSのフェイスブックでは、つながった当事者同士で同じ情報を共有し、メッセージでリアルタイムのやりとりを通して、大小のイベントや企画を実現可能なものにしてくれる。

 しかし、そのフェイスブックすら“リア充ツール”だ。当事者たちにはハードルが高い。

 携帯メールがやっとの人もいる。他のメニュー、サービス、何でもいいからつながれる手段を用意することも大切だ。

 最近も、ライフラインの水道やガスを止められながら、月々4~500円の電気代だけ支払って裸電球のアパートで生活している当事者の話を連載で紹介した(第181回参照)。携帯電話でのネットを通じて得られる情報は、当事者が社会とつながるための生命線だったのだ。