まとめると、批評家はどんどん「ライター化」「キャラ化」「パフォーマー化」し、批評の中身は「セミナー化」「自己啓発化」している。ちなみに、インターネットで「批評家」を検索してみたら、いきなり、こんなまとめサイトが出てきて驚いた。

<思想ブーム到来!要チェックのイケメン若手批評家10人>

 もしかして、批評家は「アイドル化」もしているのだろうか?

若手批評家は職業ではない?
それでも「批評」がなくならない理由

 そんなブームにもかかわらず、多くの若手批評家は貧乏である。「食べていけるかどうか」という基準で判断するならば、批評家は職業ではない、と田中さんも言う。

「昔も今も、批評なんか読む人、ほとんどいないですから。書くのも読むのもはっきり言って変人、もしくはヘンタイです」

「そこまで言いますか……」

「まあ、ヘンタイは言い過ぎかもしれないですけれど、現実はそう言っても過言ではないくらい、社会の中では役に立たないものだと思われている。だけど、僕は批評ってなくならないだろうな、とも思っているんです」

 なぜならば、「人類は一定数、そういうタイプの人間を生み出してしまうから」だそう。

「マーケット的に言えば、9割の人は『恋空』が読みたい、と思うかもしれない。でも、残り1割のうちの何人かは小林秀雄が読みたいとか、柄谷行人が読みたいとかいう人間がいる。この割合って、たぶん、いつの時代も変わらないと思うんです」

「そうかもしれませんね」

「ですから、批評家というのは職業というよりもスタンス、あるいは佇まいだと僕は思っています」

 そう言われると、「それっぽい人」というのはどの世界にもいるような気がしてきた。なんでも「化」をつけて理解したがる人も、クラスに1人はいたような……。

「要するに、大多数の人たちとは違う価値基準で生きているわけです。お金を儲けようと思えば批評なんかしない方がいいんですけれども、それでもあえて批評し、人とは違う基準でモノを考えて生きていたい、と思う人たち。ですから、批評家的作家、批評家的ミュージシャンというのもいれば、批評家的でない批評家というのもいるわけです」

 一般的に、批評家は「ケチをつける人」だと思われている。しかし、田中さんは「それもよくある誤解です」と否定する。

「つまり、批評家は批判家ではない?」

「違いますね。僕は多様性を受け入れることから批評は始まると思っていますから」