和漢の詩が謳う桃と乙女

 唐詩を見ると、桃花を謳う名詩も結構、残っている。唐の詩人崔護が書いた「題都城南荘」が桃の花見を歌う詩の中で特に有名である。

「去年今日此門中/人面桃花相映紅/人面不知何処去/桃花依旧笑春風」

 去年の清明節は、この門のなかで、若い娘の恥じらいで紅く染まった顔が満開の桃花に映えて美しかった。今年も同じ日に訪ねたが、あの娘はどこに行ってしまったか分からない。だが桃の花は変わらず咲き誇って春風にそよいでいる。こういった意味だ。

 桃の花と淡い恋心をうまく関連づけたこのわかりやすい詩は、時代と歴史を超越した恋の名詩として今日に至るまで読まれている。

 この詩の影響か、万葉集巻19にある大友家持の短歌でも似たような場面を詠っている。

「春の園 紅(くれなひ)にほう 桃の花 下照る道に 出で立つ娘子(をとめ)」

 春の園に、桃の花が咲き誇り、その匂いが辺り一面を漂う。桃の花に映える小道に乙女が佇(たたず)んでいる。情景が目の前に浮かぶようだ。

 詩では直接表現していないが、この光景を目にした若い男性が、名も知らない乙女に心惹かれている様子が読み取れる。まさに崔護の「題都城南荘」の日本版である。

 実は、桃の花見をするために笛吹市を訪れたとき、山の上から見下ろすと、ピンク色に染まった山谷や盆地の美しさが心に染み入り、目の前に広がるその春の光景に感動した。そのとき、心の中で何度も暗唱していた詩はまさに「人面桃花相映紅」だった。

 初出は中国古代の詩人・陶淵明(365年~ 427年)が著した詩『桃花源記』と言われる「桃源郷」という言葉は日本でもよく知られる。それも桃の花なしでは存在できない。箱根に行くと、桃源台という地名がある。そこを訪れる度に、私は桃源郷や陶淵明の『桃花源記』との関係を気にする。しかし、箱根を降りてくると、また調べるのを忘れてしまう。このことに明るい読者の方がいらっしゃれば、ぜひともご教示ください。