2008年12月期に9期ぶりの減収減益に転落し、成長軌道への復帰を模索しているキヤノン。内田恒二社長のインタビューに続き、今回は、来年5月に経団連会長の任期を終えて社業に復帰する御手洗冨士夫会長の「胸の内」を、あますところなく聞いた。果たして、高収益モデルの崩壊を食い止め、新たな成長戦略は描くことはできるのか? (聞き手/『週刊ダイヤモンド』編集部 浅島亮子)

御手洗冨士夫/キヤノン会長(CEO)、日本経済団体連合会会長。23年間に及ぶ米国駐在を経て、1989年専務、93年副社長。従兄弟である御手洗肇社長の急逝を受けて、95年9月に社長就任。キャッシュフロー経営を標榜し、8400億円もの有利子負債を返済、8つの不採算事業から撤退した。2006年5月キヤノン会長、日本経団連会長に就任。(撮影/住友一俊)

──経団連会長の職務とキヤノン会長(CEO)の仕事を、どのように両立しているのか。

 基本的な1日のスケジュールは、朝4時に起床して現地発の米国ニュースで、ウォールストリートの状況、世界の市況を知り、新聞などをチェックして、6時半に自宅を出る。

 6時50分から9時まではキヤノンの仕事をする。7時半から9時までは、10~20分刻みで経営幹部がひっきりなしに相談・報告にやって来る。

 並行して、8時から「朝会」に役員連中が集まっているので、社内に伝えたいことがあれば参加する。最近、強調したのは、「とにかく現金を大事にしろ。在庫を圧縮せよ。売れないものは作るな」といった基本原則だ。

 クルマで移動、9時40分からは経団連の仕事に切り替える。夜の会食を経て、帰宅は9時過ぎ、10時には就寝する。

 月曜から木曜は、このスケジュールで過ごし、金曜日は終日キヤノンにいる。時間の割り振りは、経団連が7割、キヤノンが3割だ。

──社業に割く時間が短くても、キヤノンの問題とその所在を把握できるのか。

 新入社員から48年、たたき上げできた。社長を10年あまりやっているあいだに、自分で会社を変えた。会社のことは全部知っている。社長を離れて3年だが、感覚的には離れている感じはしない。なにか問題があれば、経営幹部が相談に来るので、私が知らないということは問題がない証拠だ。